きわめて長い距離を隔てて通信する深宇宙(*1)探査では、高精度で巨大なアンテナが必要です。近年増加する深宇宙ミッションで活躍するひとつが、直径54mの巨大パラボラアンテナを有する美笹深宇宙探査用地上局(長野県佐久市)です。2021年3月に完成したこの地上局の、信頼性と運用性を向上させるのが私たち「GREAT2」プロジェクトチームの仕事です。海外機関との相互運用支援などの機能拡張も視野に入れ、さらなる向上を目指して日々取り組んでいます。

多くの技術とノウハウを統合

深宇宙探査では数億kmにも達する距離を隔てての通信が必要です。2021年3月に完成した美笹深宇宙探査用地上局(以下、美笹局)は、臼田宇宙空間観測所(64mアンテナ)とともに深宇宙探査で活躍しています。その開発と整備を進めた初代の「GREAT(*2)」プロジェクトを引き継ぎ2021年6月に始まったのが「GREAT2」プロジェクトで、美笹局の信頼性および運用性の向上と、海外機関の探査機支援を柔軟に行うことが目的です。「信頼性と運用性の向上」とひとくちに言っても、業務の内容は実に多岐にわたります。巨大アンテナの建造や運用には多くの技術とノウハウの集積・統合が必要ですから、内外の協力機関やメーカーとの綿密な連携が欠かせません。ですので私たちの仕事は、関わるさまざまな組織やひとの間をつなぎ、取りまとめていく役目でもあります。

巨大アンテナの安定運用を支える仕組み

極端な言いかたになりますが、探査機は打ち上げただけでは何も成果が得られません。地上との通信ができて初めて意味が発生します。しかし、探査機はいつも同じところを飛んでいるわけではないので、地上の巨大なアンテナ…美笹局の54mアンテナの場合は2,000トンを超える巨大な構造物を、コンマ数mmの正確さで制御して探査機に向ける必要があります。アンテナをはじめとしたハードウェアの精度はもちろん、コントロールの難しさがあります。このような困難を乗り越えて探査機を運用するのは、私たちにとっての深宇宙探査の醍醐味でもあります。

その中で、いま取り組んでいる重要なひとつが冗長系の整備です。「冗長系」とは、システム全体の中で不具合が出やすい、あるいは不具合があるとミッションに大きな障害が発生しかねない部分に対し、故障が生じても困らないような仕組みのことです。万が一、どこかに不具合が発生しても地上局の機能を保ちミッション継続を担保することが可能です。巨大アンテナのような大きな施設は建設数自体が少なく、別のアンテナでカバーすることが難しいですから、この冗長系の整備は地上局の信頼性のためにきわめて重要です。

実際、このような大型アンテナの整備や運用ではうまくいかないことは多々あります。重要なことはトラブルをいかにリカバーしていくかです。長期にわたる運用期間のすべてに対して十分な信頼性が確保できるように設計段階からの技術検証が大切ですし、立地環境に応じた設計上の配慮も不可欠です。たとえば美笹局は多雪地帯にありますから、積雪でアンテナの動きが妨げられないよう台座部分を高くするなどの工夫を盛り込んでいます。逆に太陽熱でアンテナの部材が伸びると精度に影響するため、裏に遮光カバー設けるなどの特徴もあります。

JAXAインテグレーターとして

外観からはわかりませんが、美笹局の特徴のひとつである20kW級固体電力増幅器(SSPA)(*3)についても挙げておきたいと思います。はるか彼方の探査機との送受信には通信システムのハイパワー化が必要で、そのために不可欠なのが強力な増幅器です。増幅器にはこれまでクライストロン(マイクロ波用真空管の一種)が使われてきましたが、より高い保守性や安定性のために固体素子(半導体)による増幅装置を外部企業の協力を得て開発しました。このクラスとしては世界初の試みです。地上局は安定した運用が求められるために、一般的には熟成された技術、いわゆる“枯れた技術”が用いられ新しい技術を使用することは少ない傾向なのですが、美笹局のSSPAは革新的な挑戦であり、関われたことをとても嬉しく感じています。

業務で難しいことはたくさんありますが、まずひとつはスケジュール維持ですね。何も問題がなければもちろん計画通り進むはずですが、実際にはやってみて初めて明るみに出る問題点も多々あります。それをどう解決するか、適切な着地点をいかにして見いだすかが重要でありまた私の仕事のおもしろさでもあります。うまく計画が進んでいくとき、特に大きなやりがいを感じますね。

また、アンテナやSSPAをはじめ地上局のさまざまな設備は、JAXA単独ではなしえない日本の技術の結晶です。ですからJAXAでは、関わる多くの機関や人の意見を集約して高めていくリーダーシップが重要です。技術そのものも大事ですが何よりそれ以上に人と人との信頼関係が大切で、そのために相手先と対等な立場関係を築くことを常に気にかけています。具体的には徹底した情報共有が重要本で、明文化した正確な要求を出すためにミーティングを重ねるなど十分な時間をかけています。ウェブ会議で微妙なニュアンスが伝わらなければ会って話します。これによって各機関、各メーカーの力を統合していくのが、まさにJAXAの役割だと感じています。

現在、民間での宇宙開発が急伸長しています。地球近傍の近宇宙については民間でも問題なく運用できるような時代が、近いうちに訪れると思います。しかし、深宇宙探査は、その目的から民間だけで実施するには難しく、多くの民間企業の力を集約してJAXAがリードする必要があると考えております。

地上局はあまり表に出ない地味な仕事ではありますが、探査機のミッション達成においては非常に重要な業務であり、そのような業務に関われることに感謝しつつ、日々、巨大アンテナと向き合っています。

*1:「地球からの距離が200万キロメートル以上である宇宙」を指す。
*2:GREAT… Ground Station for Deep Space Exploration and Telecommunicationの略で、美笹局の整備を行ったJAXAの機関プロジェクト。
*3:SSPA…Solid State Power Amplifierの略。美笹局のSSPAはGaN(窒化ガリウム)デバイスを内蔵した多数の増幅器を多段合成して高出力を得る。