宇宙状況把握(SSA)とは?
人類の宇宙活動の発展に伴い、地球の周りをまわる人工衛星やスペースデブリの数は年々増加し続け、地球周辺の宇宙空間における宇宙物体同士の衝突の危険性は高まる一方です。
天気予報のための気象衛星、カーナビのための測位衛星、時々刻々変化する地球環境を監視する衛星。私たちの生活は、今、そういった人工衛星たちに支えられています。そんな人工衛星たちが飛んでいる宇宙空間をこれからも安定的に利用するためには、スペースデブリのような宇宙物体の軌道を把握して管理することが大事です。
それが宇宙 (Space)、状況 (Situat ional)、把握 (Awareness)、頭文字を並べて “SSA” です。
スペースデブリとは?
地球を周回している不要な人工物体です。
例えば・・・・
- ・運用が終了した人工衛星
- ・使用済みロケットの上段や打上げの過程で発生した分離物
- ・燃料タンクの爆発や意図的な破壊による人工衛星などの破片
- ・衝突により新たに発生した破片
スペースデブリは増え続けている!
人類が宇宙活動を始めた頃から、現在まで、スペースデブリの数は右肩上がりに増え続けています。現在、公称でソフトボールサイズ以上の物体が観測できている米国が公開しているだけでも3万個近くあり、実際にはそれ以上の物体が漂っていると考えられています。
スペースデブリによるリスク
スペースデブリは、運用中の人工衛星にぶつかり、これらを損傷、破壊したり、国際宇宙ステーションに滞在している宇宙飛行士の生命を脅かす要因となったりします。ひとたび衝突が起こると、その破片が更なるスペースデブリとなり、数を増やす原因にもなります。軌道高度の低い物体は、いずれ大気圏に再突入しますが、中には燃え尽きずに地上に落下してくるものもあり、その場合は地上への被害が懸念されています。
スペースデブリに対するJAXAの取り組み
JAXAでは、スペースデブリの問題に対して、以下のような様々な取り組みをしています。この内、追跡ネットワーク技術センターが取り組んでいるのが、スペースデブリの観測、軌道把握、JAXA衛星への接近解析、スペースデブリの大気圏再突入予測解析などのスペースデブリの宇宙状況把握です。
国際標準、ルールの検討
- IADC, COPUOS等を通した国際動向の把握・ルール制定への貢献
- デブリに関するJAXA基準の制定
宇宙状況把握
- スペースデブリの観測及び軌道把握
- 人工衛星とスペースデブリの衝突回避
- スペースデブリの地球への再突入予測解析
宇宙機の非デブリ化・デブリ防御
- ロケット・衛星等の非デブリ化(軌道上分離物の最小化、軌道離脱等)
- デブリ衝突時の防御策
スペースデブリの除去
- 積極的なデブリ除去技術の研究
- ロケット上段(大型デブリ)をターゲットとしたデブリ除去技術実証
JAXAのデブリ研究の取り組みについては、こちら
SSAに関する取り組み
JAXAでは1980年代に国立天文台と望遠鏡を用いた宇宙物体の観測の共同研究を実施し、その後2000年代に入り、一般財団法人日本宇宙フォーラムが建設した美星スペースガードセンター(光学望遠鏡)と、上齋原スペースガードセンター(レーダー)によるスペースデブリ観測データを用いた解析等の技術開発を開始しました。2017年4月には、今後ますます重要になるSSA活動に向けて、この光学望遠鏡とレーダーをJAXAに移管し、2023年にはリニューアルし、運用を開始しました。
スペースデブリの分布
地上から観測が出来ているスペースデブリは、その8割以上が低軌道(高度2000km以下)に集中し、残りが静止軌道高度(3万6千km)を中心とした高度帯に分布しています。JAXAでは、低軌道のスペースデブリをレーダーで、静止軌道帯のスペースデブリを光学望遠鏡で観測しています。
JAXAのSSAシステムの構成
低軌道帯のスペースデブリを観測するレーダー、静止軌道帯のスペースデブリを観測する光学望遠鏡、更にこれらの観測データを分析してスペースデブリの軌道を計算し、さまざまな解析を行う解析システムがあり、これら3つを合わせてJAXAのSSAシステムと呼んでいます。
スペースデブリ観測施設
SSAシステムのレーダーは、岡山県鏡野町にある上齋原スペースガードセンター、光学望遠鏡 は、同じく岡山県井原市にある美星スペースガードセンターにあります。レーダーは高度2000㎞以下の高度帯、光学望遠鏡は高度約36000㎞の静止軌道帯のスペースデブリの観測を行っています。レーダーと光学望遠鏡のデータは筑波宇宙センター内にある解析システムに伝送され、各種解析が行われます。
レーダーによるスペースデブリ観測の仕組み
レーダーは、観測対象物体に電波を照射し、その物体に反射して戻ってきた電波を受信することによって観測を行います。この時、レーダーが発射した電波が観測対象物体に反射し、レーダーで受信するまでの往復時間から観測物体までの距離を算出し、電波の反射方向から、レーダーに対する観測物体の角度(方位角、仰角)を算出します。
レーダーは、一日に地球を何度も周回する低軌道帯のスペースデブリを主な観測対象としているため、目的とする観測対象物体が常に観測できるわけではありません。よって、レーダーから観測物体が見える限られた時間(可視時間)に可能な限り電波を照射し、より多くの距離、方位角、仰角の情報を取得します。これによって得られた観測物体までの距離、方位角、仰角の情報をもとに観測物体の軌道決定を行います。
光学望遠鏡によるスペースデブリ観測の仕組み
恒星は天球面上で動きませんが、スペースデブリは天球面上を移動します。光学望遠鏡では時系列の観測画像から天球面上を移動する物体を検出し、観測物体の天球面上の位置(赤経・赤緯)を算出します。この際、ガイドスター星表に記載されている恒星の天球面上の位置は正確に求められているため、観測視野内に写り込んでいるガイドスターと観測物体との相対的な位置関係から、観測物体の天球面上の位置は精度良く求めることができます。
地球を中心とした円軌道の場合、地球から遠いほど物体の進行方向速度は遅く、また天球面上の速度(地上の観測者からみた見かけの速度)も遅くなります。反対に地球に近いほど進行方向速度は速く、天球面上の速度も速くなります。したがって天球面上の速度から距離を推定できます。
ただし、円軌道であればある時刻の位置と速度(1回の観測の観測データから算出可能)のみから軌道を決定できますが、実際に円軌道であるかどうかは解りません。したがって軌道決定には軌道上である程度離れた複数の点の観測データが必要となるため、複数時刻の観測データから軌道決定を行います。
追跡ネットワーク技術センターの活動
追跡ネットワーク技術センターでは、岡山のレーダーおよび光学望遠鏡による宇宙物体の観測を日々行っています。 また、米国の連合宇宙運用センター(CSpOC:Combined Space Operations Center)及び防衛省から入手する情報に基づき、様々な解析も行っています。主な取り組みを以下に紹介します。
主に以下の4つの活動に取り組んでいます。
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1)JAXAの人工衛星に接近するスペースデブリがないかどうかの解析
衛星が飛ぶ予定の軌道とカタログ化(※)されている全スペースデブリが飛ぶ予定の軌道を照らし合わせて、近づかないか解析します。
(※)軌道情報がわかっている宇宙物体 -
2)接近を発見した場合は、それを人工衛星の運用担当へ通知
どのくらい近づいて、どのくらい危険かを連絡・共有します。
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3)人工衛星が接近中のスペースデブリをどのように避けたらよいかの計算
いつ・どの方向に・どれくらい避けることが適切かを解析します。
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4)大気圏に再突入しそうなスペースデブリの大気圏再突入予測
地球大気や太陽からの放射によって、地球の周りを飛んでいる物体は、少しずつ高度が下がっていき、いずれ地球の大気圏へ再突入します。この情報をもとにスペースデブリが飛ぶ(降下する)予定の軌道を計算し、いつ・どこへ再突入するかを計算します。
SSAの体制
これからますます増えてくスペースデブリに、日本として対応するため、JAXAだけではなく、防衛省を中心とした国のSSA体制を構築しております。JAXAはこれに対し、JAXAのSSAシステムで技術的に貢献するため、2023年にSSAシステムをリニューアルしました。
新しいJAXAのSSAシステムは、より小さなスペースデブリを追いかけられるレーダーとなっており、多くのスペースデブリの軌道が把握できるようになりました。観測データを処理する解析システムも能力向上しております。また、光学望遠鏡は、古くなった部分の修理をしました。これらのシステムを使って、将来のためのスペースデブリ観測技術の研究が行えるような工夫も凝らしています。
新しくなったSSAレーダーシステム
元々JAXAのSSAレーダーは、例えば高度650kmを飛ぶ物体であれば、直径1.6m以上の物体を観測することが可能でした。また、一番遠くは1,350kmまでを観測することができました。ただし、その場合は、物体の大きさが直径5.5mサイズ以上であることが必要です。
ところが、地球の周りには、1.6mより小さな物体がたくさん飛んでいて、公称でソフトボールサイズ以上の物体が観測できている米国の連合宇宙運用センター(CSpOC:Combined Space Operations Center)が公開しているだけでも3万個近く。内、JAXAのSSAレーダーが観測範囲としている低軌道帯には、その約7割もの物体が存在しているのですが、実際に観測できているのは、その約5%程度でした。
そこで、新しいSSAレーダーは、今よりも小さい物体を観測できるよう、観測能力を向上させ、現在は高度650kmにおいてソフトボールサイズ(直径10cm級)の物体を観測できるようになりました。
このために、レーダーアンテナのサイズを大きくし(アンテナ素子数を増やし)たり、より出力が高く、より長いパルスを採用し、最大処理距離も3000kmまで拡張しました。
また、出力が高くなったことで1つの物体を観測する時間を短縮し、同時に観測できる物体数を増やしました。
更に信号処理技術などソフトウェアの面でもレーダーの能力向上を図る拡張性を有しています。
JAXAは今後もレーダーシステムの研究開発を通じて、観測性能の向上等SSAへの技術貢献を進めていきます。
新しくなったSSA光学望遠鏡システム
JAXAが有するSSA光学望遠鏡は、主鏡の口径が1mのものと50cmの光学望遠鏡があります。
それぞれの観測能力(検出限界等級)は1m望遠鏡が18等級、50cm望遠鏡が16.5等級です。
JAXAのSSA光学望遠鏡が主な観測範囲としている静止軌道帯(高度約36,000km)では、アルベド(物体への入射光に対する反射光の比)、位相角(太陽-物体-観測者の間の角度)、物体の姿勢等に依存するが直径約数十cm程度のサイズの物体が観測することができます。
1m望遠鏡は2020年春にリニューアルしました。このリニューアルでは、筑波宇宙センターにあるSSA解析システム(SAKURA)とリアルタイム性の高いデータ送受信・連携運用ができるようにし、加えて、より低軌道の物体の観測可能にするために1m望遠鏡の駆動速度を向上しました。
今後は、観測性能の向上や低軌道物体の観測技術の向上、スペースデブリの姿勢運動を観測する技術等、光学観測技術の向上に取り組んでいきます。
新しくなったSSA解析システム(SAKURA)
SSAレーダーの能力向上に伴って、観測できる物体数が、10倍近く増加しました。そのため、観測データを処理するSSA解析システムも、処理能力を向上させました。
新しいSSA解析システムは、観測物体数増加が作業増加につながらないよう、処理能力向上だけでなく、出来るだけ自動処理をする工夫も行いました。また、国のSSAシステムにも観測データ提供を行うために、新たな連携機能も追加しております。更に、日々の観測運用業務に影響を与えないで、新しいSSA解析システムの、更にその先を見据えた研究、開発を実施できるような環境も整備しました。
新しいSSA解析システムの、ニックネームは「SAKURA」です(SsA Key technology Unified Research and Analysis systemの略)。
これまでの解析システム同様、レーダーおよび光学望遠鏡からの観測データに基づき、スペースデブリの軌道を計算、JAXA衛星の軌道と比較して、両者に接近がないかを解析します。その結果や米国、国のSSAシステム等からの情報提供により、接近を検知した場合は、更に分析を行って、所定の条件で関係者へ通知をするとともに、JAXA衛星の関係者がスペースデブリ衝突回避の軌道制御を計画する際に必要な情報を提供します。
また、JAXAが着目するスペースデブリが、徐々に高度を下げ、大気圏に再突入しそうな時は、その時期や大気圏再突入ポイントを予測する解析も実施。必要な情報を関係者に通知します。 これまでになかった機能としては、国のSSAシステムとの連携機能が挙げられます。JAXAだけでなく、国からの観測要求を考慮して効率よく観測を実施できるような工夫を凝らしています。
SSAプロジェクトチームロゴ。
左側は光学望遠鏡のシルエット、右はレーダーのシルエット。
中央の楽し気な子供たちは、宇宙を安心な空間にしてるんだ~という雰囲気を醸し出しています。