センター長挨拶
「私たちの業務は、ひとことで言えば宇宙と地上をつなぐことです。衛星や宇宙機は打ち上げに成功しても、お互いに交信できなければプロジェクトは進みません。つまり「宇宙と地上をつなぐ」設備と運用またその技術はまさに必要不可欠なインフラで、宇宙開発が急進展する現在ではその重要性はますます高まっています。「追跡ネットワーク技術センター」はそのような将来を見通し、JAXAの前身であるNASDA(*1)時代の1969年10月に設立された、JAXAの中でも最初期から活動している組織です。

業務内容の柱は大きく三つあります。ひとつは衛星や宇宙機と地上とを電波でつないで制御する(追跡管制)ために必要な、アンテナを始めとした設備の運用と整備、維持を行うことと、それに必要な技術やシステムの開発です。また追跡管制には世界各国の関係機関と連携したネットワークが必要ですので、その構築も大切な課題として取り組んでいます。さらに近年、宇宙開発の進展によって問題として浮上してきた宇宙の障害物…スペースデブリの対策も重要な役割のひとつとなっています。
近年の活動や成果としては、まず新しい周波数帯であるKaバンド(*2)を使える地上局(*3)の運用を開始しました。2024年7月に打ち上げたALOS-4(*4)の、きわめて大量のミッションデータを受信するのが目的です。
また2023年から運用を開始している長野県佐久市美笹の54mアンテナも、さまざまな試験や試行を経て本格的な運用フェーズへと移行しました。NASA(*5)やESA(*6)といった国外の組織との相互運用支援も始まっています。
また宇宙状況把握システム(SSA(*7))も開発のフェーズが完了し、本格的な運用を開始しています。国のSSAとの連携を踏まえて、将来的にどう技術開発していくかの議論を重ねているところです。

先端的な取り組みとしては、例えば月や惑星探査の中で使われる衛星や探査機、また月面基地などを相互につなぐ、いわば宇宙のインターネットのような通信技術の研究がひとつの大きなテーマです。いま、私たち追跡ネットワーク技術センターが主導して民間企業とも連携し、国際的なプロトコル策定や規格制定、実証実験を進めています。
また、日本から通信できない時間帯が発生する火星や月の探査を進める次の探査世代では、NASA、CNES(*8)、ESAといった海外組織との連携の重要性がますます高まります。そのための国際協力体制を構築していく中で、機関ごとのやり方や通信の規格などの標準化が重要です。いま各機関との間で、グローバルな追跡ネットワークをどう構築していくかの議論を進めています。
一方課題として、組織が50年以上前から活動していますから、設備も古さが目立ってきています。これを新しい設備に置きかえていく仕事が急務としてあります。設備だけでなく運営のしくみなども、これまでやってきた中での良い面を継承しつつ、よりスピーディなやり方を民間との協働などで取り入れていくなどの工夫を凝らしていく考えです。例えば地上局の運用自動化などは可能な範囲で進めたいですし、筑波宇宙センターの中央管制室も、10年後15年後の宇宙利用でのあるべき姿を構想しています。

近年、JAXAでは大学や企業とのコラボレーションが増えています。JAXA外部のアイデアや考え方をもっと取り込んで新しい挑戦を行っていける雰囲気を、追跡ネットワーク技術センターでも強めていきたいですし、若い職員には海外の学会や宇宙機関とのミーティングなどへの参加など、多彩な経験を積んでもらえる環境を用意していきたいと考えています。
追跡ネットワークは、ロケット打ち上げや深宇宙探査などのような華やかさはありませんが、24時間365日、アンテナを動かして活動し宇宙開発を支え続けています。現代はGPSをはじめ地上の生活も宇宙と深くつながっていますから、この仕事は私たちの生活を支える仕事でもあることを一人でも多くの方に知っていただきたいと思います。
また、高校や大学で学んでいる若い皆さんには、これから活躍する場は地球だけではなく宇宙空間もあるとお伝えしたい。もし宇宙で仕事をしてみたいという方には、追跡ネットワーク技術センターという将来の選択肢もあることを頭の片隅において、自分の得意分野を磨いていただきたいと考えています。
*1:NASDA…宇宙開発事業団(National Space Development Agency of Japan)1969年(昭和44年)10月1日に設立されたJAXAの前身である旧科学技術庁所属の組織。
*2:Kaバンド…マイクロ波の周波数帯域のひとつ。周波数範囲は26.5~40GHz。従来より高効率の大量データ送信に適している。
*3:地上局…電波を送受信するアンテナをはじめ、その駆動設備や送受信機、電源設備などの施設をまとめて地上局と呼ぶ。
*4:ALOS-4…「だいち2号」の高い空間分解能を維持し観測幅を4倍に拡大したレーダ衛星。発災後の状況把握、火山活動や地盤沈下、地すべり等の異変の早期発見などで活躍。
*5:NASA…アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)。アメリカの宇宙開発に関わる計画を担当する合衆国の連邦機関。
*6:ESA…欧州宇宙機関(European Space Agency)。1975年にヨーロッパ各国が共同で設立した宇宙開発研究機関。現在は22か国が参加。
*7:SSA…Space Situational Awareness。宇宙状況把握。運用が終了した衛星や打ち上げロケットの残骸、これらの衝突破片などのスペースデブリを観測でとらえ、軌道を決定して衛星との接近を推測する。
*8:CNES…フランス国立宇宙研究センター(Centre National d'Études Spatiales)。ESAで中心的な役割を果たしている、フランスの宇宙開発研究を行う政府機関。1961年に設立。