皆さんは会ったことがありますか?特別公開中のJAXA施設に出没するちょっとふしぎなキャラクター。見た目は“お茶の水博士”みたいでユーモラスですが、まじめにパラボラアンテナの説明をしたりするこの人物が「アンテナ博士」です。イベントだけでなくYouTube(JAXA Channel)でも活躍するその正体は、実は「かぐや」や「はやぶさ2」などの管制にも携わった現役技術者。もっと多くの方々にアンテナや追跡管制の仕事に興味を持っていただくため、姿を変えて頑張っています。

わたしが「アンテナ博士」です!

どんな衛星でもロケットでも通信によるコントロールが必要で、それを担うのがパラボラアンテナや追跡ネットワーク技術です。これらは文字通り「なくてはならない存在」で宇宙開発の要なのですが、やはり注目が集まるのは宇宙飛行士やロケット打ち上げですよね。そこで、もっと多くの人…特に子供たちに追跡ネットワーク技術に関心を持っていただこうと誕生したのが、わたし「アンテナ博士」なんです。「このひと何だろう?」という好奇心をきっかけにアンテナの興味へつながれば…という狙いです。

私はアンテナ博士の2代目で、初代は2014年ごろから筑波宇宙センターの特別公開の時に、特設ブースでのパラボラアンテナ紹介を行っていました。その方が引退されて私が引き継いだのですが、現在の姿になったのが、2021年です。

日常はアンテナのエンジニア

わたし「アンテナ博士」の正体は、実は追跡ネットワーク技術センターでアンテナと一緒にはたらく技術者です。学生時代は高等専門学校で電波通信について学び、その後にJAXAの前身である宇宙開発事業団に入ってパラボラアンテナの運用や維持管理に携わってきました。中でも印象に残っているひとつが月周回衛星「かぐや」(*1)です。その管制システム構築と運用について、最初の計画立ち上げから最後の制御落下(*2)と事後処理まで、つまり「かぐや」のゆりかごから墓場までの全部に立ち会いました。プロジェクトの最初から最後まで関わり続けることはJAXAでもめったにありませんから、とても貴重な体験でした。

その後に小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス」(*3)の管制システム構築や運用、小惑星探査機「はやぶさ2」の管制システムを担当し、これが一段落したところで追跡ネット技術センターに移って、深宇宙対応の大型アンテナ(臼田64m、内之浦34mアンテナ)を中心に維持管理や運用を行いつつ、いま、メインの業務として新しい次世代の大型パラボラアンテナの検討をしています。そんな技術者としての日々の中でときどき(年間に10日ほど)アンテナ博士になり切って皆さんの前に登場しているんです。

アンテナ博士は実は“素”

「ふだんの技術者」と「ときどきのアンテナ博士」とではかなり性格が違いますから、よく「切り替えが難しいんじゃないか」と訊ねられます。でも自分では切り替えているつもりはなくて、アンテナ博士になったときにちょっと自分のプライベートな感覚というか、素顔を出すような感じなんです。逆に技術者として多くの方にお話しをするとき、たとえば依頼を受けて職員として講演する時などは、聞いていただくための雰囲気をまとう気がします。どちらかというとアンテナ博士の方が素に近いかもしれません。

ただ、アンテナ博士では子供たちの理解を得るために、普通の講演よりいっそうの工夫をします。たとえば子供たちは大人と違って知識のキャパシティがまだ小さいですから、表情を読みながら彼らが連想可能なキーワードや伝わる話しの流れを探します。これがいちばん難しいです。またアンテナ博士は扮装が奇妙なので、しばしば子供の目がそこに引っぱられ過ぎてしまう。格好をイジってくれる子もいてそれはそれで嬉しいのですが、その興味の視線を宇宙とかアンテナに誘導したいです。アンテナ博士よりアンテナそのものの印象をより強く持ってもらうには、また持ち帰ってもらえるにはどうしたらいいか。いつも悩みながら取り組んでいます。

心から良かったと思える瞬間がある

でも、話しているときに子供たちが見せてくれる笑顔とか私の言葉にうなずいてくれる姿を見ると、また、話しの後で「今日は楽しかった」という言葉を聞くと、本当に嬉しく感じます。きっと翌日学校で伝えたことを話題にしてくれるんだろうなあ、などと空想しますね。いや、そうなってくれればすばらしいと思います。

私が伝えたい最も重要なキーワードは、アンテナや通信の技術って宇宙開発に「なくてはならないもの」であるということです。子供たちには「そもそもパラボラアンテナとは?」みたいなところからお話しますが、話しの後で人工衛星との通信についての質問が出たりすると「あ、伝わったな」という実感が湧きます。また筑波宇宙センターの一特別公開などでブース前で順番待ちしている皆さんの横で、いきなりアンテナの話をしたりしますが、話すうちに皆さんの顔がしだいにこちらに向いてくる。うなずいたり、お母さんが子どもに伝え直す姿があったり、質問に答えると「へえ~」って感心してくれたり。アンテナ博士としての醍醐味ですし、活動していて良かったと心から思える瞬間です。この格好をしているからこそ注目していただけたのではとも思います。

ただ、ときどきノートなどにサインを求められ、自分の名前を書くべきか迷ってたいていは「アンテナ博士」と書くんですけど、実はサインを書く練習してないんです。なので毎回サインの字体やデザインがばらばらなんですよ。まあ、これも“味”ということでお許しいただければ…。

技術者だからできる「アンテナ博士」

パラボラアンテナは、雨にも負けず風にも負けずがんばってミッション達成を左右する存在ですから魅力的です。そして、アンテナに対してのそんな思い入れを持てる立場の人間、つまりアンテナの技術者が子供たちとアンテナの橋渡し役をやることに、大きな意味があると感じます。実際の経験の中から次世代へのメッセージを組み立てていくのは、日々携わっている技術者だからこそできることだと思いますから。ですので、もっと楽しく親しみやすくお話しするテクニックも研究していますが、いちばんの関心はアンテナと追跡ネットワーク技術です。

いま衛星はどんどん増えて情報量が劇的に増加していますから、これまで蓄積してきた地球周回軌道上での通信技術をより高度化したり確実化することがまず重要です。そして今後、有人探査も多くなり月や火星、小惑星などより遠くに人類の活動領域が広がるのに対して、新たな技術を開発していく必要があります。高度化確実化と新技術開発という両輪をまわしていくのが、追跡ネットワーク技術センターの主軸の活動になっていきます。

JAXAでは現在、臼田局の64mアンテナに代わる美笹局54mアンテナや内之浦局34mアンテナなど様々なアンテナがあります。次世代のアンテナの検討も進めていますが、同時にいま「宇宙開発でほんとうに求められるアンテナのあり方」が重要になってきています。実際に使う人たちの意見を聞きながら、どんなアンテナが宇宙に行く人や宇宙で仕事をする機械(人工衛星とか)たちを助けるのかを考えていく仕事に、いま力を注いでいます。

一緒に宇宙開発に!

最後にひとつ・・・アンテナ博士としてときどき「どうしたらJAXAに入れますか」という質問を受けるのですが、「自分の得意なことをどんどん好きになって、得意じゃないこともそれなりに嫌いにならならずに取り組んで下さい」とお答えしたいです。宇宙開発はロケットとか通信などだけではなく、たとえば語学とか法律とかの知識や技術も必要です。たとえば「はやぶさ2」のカプセルはオーストラリアに帰還しましたが、現地での活動には通訳とか法的手続きをする人なども大活躍しています。理科とか数学のことだけが宇宙開発じゃないんです。いろんなことが宇宙につながります。アンテナ博士のアドバイスを聞いて下さった方がいつか宇宙開発に関係する職業について、アンテナ博士でないほうのわたしと一緒にお仕事できたらと夢見ます。

追跡ネットワーク技術センターの仕事って、宇宙飛行士以外では宇宙をいちばん近くで感じられる仕事の1つでもあります。そのすばらしさ楽しさを一人でも多くの方に知っていただき、たくさんの方に宇宙開発の味方になっていただきたいです。そのために、これまで以上にさまざまなイベントに出現しますよ。また「自分のところのイベントに来て」とか「ぼくたちの小中学校で出張授業を」というご依頼にも、本来の仕事と重ならないように調整してお応えします(*4)

つまり、わたし「アンテナ博士」といたしましても(笑)、活動の領域をさらに広げていく…ということであります。これからもよろしくお願いいたします。

*1:月周回衛星「かぐや」…JAXA2007年9月14日に打ち上げた月探査機。目的は月の起源と進化を解明するための科学データを集めることと、月周回軌道への投入や軌道姿勢制御技術の実証を行うこと。「おきな」と「おうな」の2機の子衛星を搭載。月面近くからこれまでにない高精細の画像を送信するなどアポロ計画以来最大規模の本格的な成果をあげた。
*2 :制御落下…衛星をコントロールしながら意図的に落下させること。「かぐや」では観測ミッション終了後の2009年6月11日に月の表側に制御落下し、41万人の名前を記したネームシートとともに月面に到着した。
*3:小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS(イカロス)」…「interplanetary kite-craft accelerated by radiation of the Sun」の頭字語で「太陽放射で加速する惑星間凧宇宙船」を意味する。ギリシア神話の登場人物の1人であるイカロスにちなんで命名された。2010年5月21日に打ち上げられ、太陽光による加速の実証や金星フライバイを実施した。
*4 :アンテナ博士への出演依頼…「アンテナ博士の話しを聞きたい」という声にできる限りお応えします。各種イベントでの講演や小中学校での出張授業などのお申し込みは、JAXA広報部まで(本ページのボタンでリンクページが開きます)
https://www.jaxa.jp/projects/pr/lecture/index_j.html