基幹ネットワーク整備チームの主な仕事は、追跡管制に不可欠なアンテナの維持管理。その範囲にはアンテナ施設だけでなく、調整に使う施設も含まれます。そのひとつ、臼田宇宙空間観測所のために作られた八柱山コリメーション設備が、技術進歩によって役目を完了し、2023年に撤去することになりました。調整用とはいえ大規模な施設の解体撤去は建設作業のようなハードワークで、しかも人里離れた山奥という困難な環境です。でも、これも追跡ネットワーク技術センターのワークフィールドのひとつなのです。

人里離れた山頂の施設を撤去する

コリメーション設備とはアンテナの調整(校正)をするもので、決められた周波数の電波をアンテナに向けて送り出す装置です。今回撤去した八柱山のコリメーション設備は、臼田64mアンテナと同時期のハレー彗星観測衛星(*1) のオペレーションのときに建設されたかなり古い施設で、アンテナ自体が校正のしくみを持つように進歩したこともあり、最近は使わなくなっていました。施設の近くにハイキングコースもあり観光客などが近づきかねないので、建材の老朽化や地盤のゆるみやなどによる崩壊の可能性を考え、安全のために撤去が決まりました。

ただ、解体とひとことで言っても実際にはとても大変です。そもそもアンテナは電波干渉が少ない…つまり他の電波源がない人里離れた場所に作るので、交通の便が良くありません。またコリメーション設備はアンテナを見通せる場所に作るので、山頂など高いところにあります。八柱山コリメーション設備も八ケ岳地域の、臼田アンテナと別の山頂にあって車では入れません。視察や調査で行くのも全部歩き…というより登山です。

もちろんクレーン車やトラックも行けないので部材の移送はヘリコプターになりますが、ヘリポートはありませんので近隣のスキー場の駐車場をお借りし、作業期間の2023年の6~8月に毎日作業者さんが現場に登って施設を解体し、部材をヘリコプターでつり下げてふもとに降ろす作業を繰り返しつつ、施設の基礎部分まで掘り起こして分解・撤去して、最後には整地して植林してから、土地をお借りしていた国(林野庁)にお返しする…という流れで作業を行いました。

プレッシャーの中でのヘリ作業

一連の作業の中で特に印象的だったのは、やはりヘリコプターでの部材輸送です。山頂はとても狭いので着陸できず、ヘリはホバリング(空中で静止させること)のまま部材を吊り上げます。わずかなスペースを効果的に使っての職人芸的な技術が必要ですし、天候が変わりやすいので臨機応変さも大事で、もし不安定なら「今日は中止」という断固とした判断も安全のために求められます。ふもとでもホバリング状態で部材を降ろすのですが、ヘリのパイロットと地上の作業者さんの間で交わされる合図や阿吽の呼吸による意志疎通で作業が驚くほどスムーズに進むようすは、見ていてとても感動しました。

このような建設系の指揮は私にとって初めてで、まず法律関係などを調べるところから始めました。古い施設のためアスベスト使用の状況や調査とか、ヘリの飛行について各方面への連絡や許諾手続きが必要です。さらに地元の皆さんへの説明や挨拶まわりを作業開始前に何度も繰り返し、特に作業期間の6~8月はずっと付近に滞在して週に2回は登山で現場である山頂に通う日が続きました。

そんな中でのいちばんの心配事は、作業をちゃんと終えられるかということ。梅雨時期が重なって天候が悪い日もあり、ヘリコプターが飛べないことも何回かありました。部材を降ろす場所がスキー場の駐車場なので、スキー客のない夏の間だけしか使えません。秋には観光名所へのシャトルバスの発着も始まります。絶対にここまでに終わらせて欲しいという通達があって、とてもプレッシャーでした。

結果、多少の遅れはありましたが8月中に作業が完了できました。地元の皆さんのご理解とご協力のおかげと、心から感謝しています。スケジュール変更のご説明や調整などを通じて、きちんと伝えて真摯に説明するというコミュニケーションの大切さを学べたと感じています。

チーム一丸でトラブルを解決

コリメーション設備の撤去作業ではもうひとつ、チームワークのあり方も学ばせていただいたと思います。たとえば現場の皆さんの効率の良さ。監督さんの指示に皆さんがテキパキと対応するようすは、安全をしっかり確保しながら手早く進めるとはこういうことかと感心しました。スケジュール管理の方法なども誰もが進行状況が把握できるようなわかりやすさで、チームをまとめていく配慮を感じ、とても勉強になりました。作業自体は初めての内容が多くてとても大変だったのですが、気持ちとしては楽しかった、取り組めて良かったと感じましたし、とても勉強になったなと思います。

チームワークについては、私たち基幹ネットワーク整備チームもとても重要に感じていて、常に意識して日常の業務に当たっています。チーム内で深宇宙用アンテナの臼田・内之浦担当は4名ですが、とても頼りになるメンバーです。古いアンテナを扱っているのでときどき予期しない不具合が発生することもあるのですが、さまざまな情報をみんなが持ち寄って集まり、すぐに話し合いが始まります。これは私の所属するチームだけでなく追跡ネットワーク技術センター全体の風土でもあり、計画チームと相談したり美笹のチームから予備品を借りたり…というような、全員が一丸となって取り組む風土があります。

たとえば先日、XRISM/SLIM(*2) の追跡管制で、打ち上げ直後に装置がうまく動作しない現象が起こりました。打ち上げ前の設定と実際とのずれが不具合となって表れたのですが、ただちに知恵を出し合って調整方法を検討したところ、無事、解決できました。このときはみんながディスプレイの前にぱっと集まって瞬時に検討が始まったのですが、誰もが意見をぶつけあえる職場の雰囲気のおかげで、たがいに遠慮なく思い切った発言ができたのが良かったと思います。改めて宇宙開発は未知の分野であり、そこにはベテランも若手も区別がなく携わる全員が常に最善を模索しているのだと実感しました。

私たちが毎日作業をしている場所は宇宙ではありませんが、まさにここが宇宙開発の現場であることを感じた瞬間でした。

アンテナの気持ちになる

衛星は宇宙に旅立ったあとは独りになってしまい、見守っているのは追跡ネットワークのアンテナだけです。ですからアンテナを守る私たちが倒れてしまったら衛星運用ができなくなる。プロジェクトの皆さんや衛星に関わる人たちなど多くの夢を背負って飛んでいるのに、設備維持できないがためにそれが途絶えることは絶対にあってはならないと思っています。だから「通信を止めない」は運用にたずさわる私たちにとっての最重要命題なんです。

また臼田64mアンテナでは特に、アンテナの気持ちになることを心がけています。このアンテナは製造からもう40年以上…設計寿命の倍以上も生きていますが、現在も第一線でがんばって動いていますし、これからも活躍してくれるはずです。私たちも心を込めて維持管理を行っていきますが、そのためにアンテナの気持ちになることでいっそう適切な作業ができると思います。

個人的にも臼田64mアンテナが大好きなのですが、深宇宙用アンテナにはどれもロマンを感じます。宇宙の謎を解いていくのはビジネスとはまた別の人類の夢ですし、成果を出すには時間がかかるかもしれませんがJAXAが取り組む大事なテーマだとも思います。深宇宙用のアンテナに関わることができて、私は幸運だと思います。

好きなことを大切にしたい

この仕事には他にもいろんな魅力があります。私も学生時代は電子デバイスを専攻していましたが、子どもの頃にピアノを習ったためか音の魅力を感じ続け、そのうち大きな音に憧れるようになりました。就職のときに音を扱う放送関係なども考えましたが、日本で一番大きな音を出すであろうロケットを思い浮かべ、JAXAを選択しました。入社後に配属された種子島宇宙センターで実際の打ち上げに接して、人間ってここまで大きな音を出すものが作れるんだ…と、ものすごく感動したことを覚えています。

何より打ち上げは衛星にとっての宇宙の入り口で、その後に軌道投入できて通信できるようになり、宇宙と地上とのつながりができあがります。それを通じて宇宙に行った衛星が見たさまざまなモノやできごとを私たちに伝えてくれる。そのプロセスを作り上げていくことが追跡管制の最大の醍醐味かもしれません。もちろん地上に残された私たちにできることは限られますが、その中で知恵を集めて工夫していくのはとても楽しいです。

そして、その楽しさや充実感を感じられる職場にいられるのも、仕事と直接関係ないような音への憧れを持ち続けられたからかもしれません。宇宙やJAXAを目指す方には、ぜひ自分が好きなことを大切にして欲しいと思います。好きなことを忘れずに頑張っていれば、それが仕事につながる瞬間が必ず訪れますよ。

*1:ハレー彗星観測衛星…1984年に打ち上げた惑星間空間探査機「さきがけ(MS-T5)」、1985年に打ち上げ、欧米露との国際協力観測を実施したハレー彗星探査機「すいせい(PLANET-A)」など。これらの追跡管制では地球周回軌道の衛星よりはるかに長距離の通信が必要なため、感度の高い大型アンテナが求められた。
*2:XRISM/SLIM…XRISMはX線分光撮像衛星=X-Ray Imaging and Spectroscopy Missioの略。星や銀河、星間のプラズマを調べ宇宙の大規模構造解明を目的とする。NASAやESAが協力した。またSLIMは小型月着陸実証機=Smart Lander for Investigating Moonの略で、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術を研究し、それを月面にて実証する。2024年1月20日に月面着陸に成功した。この2つの衛星は2023年9月7日にH-IIAロケット47号機で同時に打ち上げられた。