軌道力学チームの仕事には大きく2つの業務ラインがあります。ひとつは、打上げ前の計画段階から運用終了後まで衛星の軌道を把握・予測し見守り続ける業務。もうひとつが、近年ますます重要度が高まっているスペースデブリ関連の業務です。人工衛星の活動を危機に陥れかねない宇宙のゴミ=スペースデブリの脅威から衛星を守るため、私たちは1年365日24時間態勢でデブリの接近を警戒し続けています。

スペースデブリの危険な接近を監視

私がおもに携わっているスペースデブリ関連の業務は、JAXAが保有する2つのスペースデブリ観測施設(*1)の運用と、人工衛星への接近解析や衝突回避の検討などを実施する解析システムの運用、これらのシステムの維持管理があります。

スペースデブリ対策ではまずスペースデブリを観測し、いつどこを飛ぶかを把握します。この情報を人工衛星の軌道と解析して将来の接近の危険性を予測するのが接近解析です。あまり遠い将来だと正確さが下がりますが、だいたい1週間先ぐらいまでを見通しています。

接近解析によって衝突の確率が高い危ない接近が判明すると、その衛星プロジェクトの担当に連絡して場合によっては対策会議を行って、衛星の軌道を変えて衝突を防ぐなどの回避の方法を検討します。

現状は、世界各地に観測設備を持つ米国のCSpOC(*2) から提供される情報をメインにして、接近解析を行っています。現在のJAXAのSSAシステムは走り始めたばかりのため、スペースデブリの情報がまだ十分ではありませんが、もう数年分の観測情報を蓄積することで、独自の接近解析もできるようになると考えています。

不安な気持ちで夜を過ごすことも…

もし危険な接近が予測できても、対策は簡単ではありません。回避のために衛星の軌道を変えると燃料を消費します。本来はミッション用の燃料が減ると衛星の寿命が短くなりかねませんし、軌道が変るとミッション運用に影響が出るかもしれません。ですから回避はできるだけやりたくないと考える衛星プロジェクト担当も多い一方で、デブリとの衝突で衛星が壊れるのは避けなければいけない。そんな衛星の運用維持と安全確保の間での難しい判断が要求されます。これがこの業務のいちばん難しいところかもしれません。

しかも、検討の時間がわずかしかない場合もあります。接近を何日も前に把握できることもありますが、急に衝突確率が上がって直前に判明することもあります。そんなときはほんとうに「待ったなし」の状態で、迅速な判断が必要です。回避の最終的な判断は衛星プロジェクト側が行うのですが、彼らが必要とする情報…危険性の度合いや回避にはどんな手段があるか、回避した場合の衛星ミッションへの影響などの情報を的確にまとめて提案することが私たちの責務です。このために衛星ミッションを十分に理解しておくことも重要です。

もし危険な接近が直前に予測され、緊急を要するような場合には、昼夜の関係なく米国から電話がかかってきます。ただちに関係者に緊急招集をかけての対応となることもあるため、常に緊張感があります。私たちは担当の5,6名が交代で24時間態勢で対応していますが、当番の日は寝るときも携帯電話を手放せず、「いま米国から電話があるかも…」と緊張と恐怖におののきながら過ごすこともあるんです。

接近解析・衝突回避技術の成果「RABBIT」

最近では接近の情報は毎日400件程度あり、その中で衛星プロジェクトに危険を通知するのが1日に1,2件、回避の検討会議が必要になる場合も月に2回程度あります。

さらに衛星とデブリが接近する状況は千差万別で、同じケースはありません。毎回そのつど状況を解析し、どんな対策がとれるかを迅速に考える必要があります。

この接近解析・回避技術での大きな成果のひとつが、軌道力学チームが開発した「RABBIT (*3)」です。

RABBITはデブリ回避の経験があまりない運用者でも、知識や経験、システムや運用体制のレベルに関係なく、それこそ誰もがJAXAと同水準の接近回避検討ができるようにと工夫を凝らしたツールです。元々、JAXAの運用に用いていたRABBITの原型ツールがありRABBITを提供することで、デブリ対策で困っている多くの方々の役に立てるのではと考えたことが始まりです。コンパクトで標準的なPCで動かすことができ、アルゴリズムの工夫で解析時間も早く、解析結果も等高線図として色別で表示し、接近の危険度を視覚的にも分かりやすく改良を行い、2021年3月から無償で提供しています。経験やノウハウ、システムの体制構築などがなくても高い精度でデブリ回避が検討できるので、多くの大学やベンチャー企業などの衛星運用で利用いただいています。

私はRABBITの普及活動を担当し、これまで軌道力学チームで経験のなかった「作ったものを無償で世に出す」という挑戦をさせていただきました。法的な整備などさまざまな苦労がありましたが、実際に運用者の方からRABBITへの感謝の言葉も頂き、とても嬉しくまた報われたと感じています。

またRABBITの公開は、衛星を守るだけでなく宇宙の環境を守ることにもなります。回避できずに衝突してしまうと新たなデブリが大量に発生します。ですから1つでも多くの衛星がデブリとの衝突を回避できるようにしていくことが、デブリ増加を食い止めるために重要です。JAXAではこれをSDGsの目標に合致する18番目の目標ととらえて取り組んでいますが、人工衛星の運用者だけでなく、広く一般の方々にも知っていただき、考えていただければと思います。なお、これらの活動を評価いただき、RABBIT公開の取り組みに対し2021年度の「STI for SDGs」アワード優秀賞も受賞しました(*4)

衛星の誕生から最後まで見守る

この他にも軌道力学チームは、いろんなことに挑戦しています。たとえば衛星の距離をレーザーで測る新SLR(Satellite Laser Ranging)の構築、そのSLRで観測するための「Mt.Fuji (*5)」の開発や、人工衛星の生のデータを活用した大気密度の研究など、今まで誰もやってないことにも果敢に取り組む研究心とチャレンジ精神旺盛なチームです。何かに興味を持つと周囲が応援してくれる風土があるので、誰もが提案して挑戦してさまざまな知見が生まれています。たとえば、Mt.Fujiや大気密度の研究は、将来、接近解析の精度を上げるのに役に立つでしょう。そんな期待感にあふれた職場です。

チームは人工衛星に対して、打上げる前の準備段階から打上げとその後の定常運用、そして後期運用が終わって電波をとめ、デブリとしての観測、そして大気圏に突入させて衛星の一生が完全に終わるまで、ずっと関わり続けます。一般の方の注目度が高い、ロケットや衛星、探査機、宇宙飛行士といった宇宙開発における花形の活躍の背景で、人工衛星の誕生から最後まで見守る裏方な存在ですが、私たちの仕事がなくては衛星の活躍もなくなってしまいますので、とても意義ある仕事だと感じて毎日がんばっています。

*1:スペースデブリ観測施設…JAXAでは、岡山県にある美星スペースガードセンターでは光学望遠鏡で、上齋原スペースガードセンターではレーダーを用いてスペースデブリの観測を行っている。
*2:CSpOC…米国の連合宇宙運用センター(Combined Space Operations Center)。人工衛星を運用する各機関に対して接近通知(CDM:Conjunction Data Message)を提供している。
*3:RABBIT…「デブリ接近衝突確率に基づくリスク回避支援ツール(Risk Avoidance assist tool based on debris collision proBaBIliTy)」。CSpOCから提供されるスペースデブリ接近情報を用いて、スペースデブリとの衝突回避制御の計画立案を支援する。
*4:「STI for SDGs」アワード優秀賞…国立研究開発法人科学技術振興機構が主催するSDGsへの貢献に対して授与される賞。スペースデブリ問題を重要な社会問題として認識し取り組んだ点や、人工衛星の運用に必要な技術をツール化してスペースデブリ回避を容易にした点などが評価された。
*5:Mt.FUJI…地上からのレーザー光で距離を計測するSLRにおいては、レーザー光を反射するために人工衛星に取り付ける小型反射器。従来の高価で大きく重いことから利用が進まなかった特徴品に対し、小型軽量で大学や民間の事業者にとっても利用しやすいことを目的として開発された。