臼田宇宙空間観測所(以下「臼田観測所」)は、JAXAによる追跡管制ネットワークのもとにある施設の一つです。深宇宙探査機との交信を目的で建設された日本最大級の直径64mと54mのパラボラアンテナを有することで知られています。運用開始から約40年を経てなお、今後もさらなる活躍が期待される施設の現在と将来の可能性を、昨年(2024年1月)に着任した戸田所長に伺いました。(写真:相模原キャンパス)
従事する人たちが支障なく仕事できるように
長野県佐久市にある臼田観測所の特長は、何といっても日本で他に類のない大型パラボラアンテナです。その活動領域は探査機や衛星との交信や高精度軌道決定の他に、VLBI(長超基線干渉計)技術に基づく高精度測地観測、さらに天体観測の分野である電波天文学への寄与に及び、その成果は世界に知られてきました。こういった開かれた活動のため毎年、内外から研究者や宇宙開発関係者が訪れます。また一般公開でも多くの来訪者があります。多くの方々に関心を持っていただけて、たいへん嬉しく感じています。
観測所内には大型のアンテナのほか、送受信機や電源設備を収容する建物、事務所などの設備があります。これらの運用・維持管理を統括し、従事する人たちが支障なく仕事できるように目配りし調整するのが私の業務です。普段は探査機開発の業務もありJAXA相模原キャンパスに勤務していますが、現場スタッフとは遠隔の他、月に数回の頻度で臼田観測所に足を運び直にコミュニケーションをとるなどして状況把握に努めています。
深宇宙探査でますます重要になる大型アンテナ

臼田観測所の64mパラボラアンテナは、「はやぶさ2」のミッションなど深宇宙探査での活躍で有名になりました。深宇宙探査では地球周回軌道の衛星と比べられないほど非常に遠くまで探査機を送りますが、JAXA探査機の大きさは中型から小型が主でリソースが十分といえないので、搭載する通信システムの能力に依存ばかりできません。そのため、それらの追跡管制を行うには、地上局のアンテナや通信設備の能力を高めることが不可欠で、結果的により大きなアンテナが必要なのです。このような事情から臼田観測所には64mと54mとがあり、諸外国が整備するアンテナサイズに比べてずっと大きなアンテナでJAXAの探査ミッション支援を続けています。
今後、深宇宙ミッションがますます増えていけば、それを支える地上局の役割もさらに重要になるでしょう。特に、与えられた立地環境で大型アンテナの高精度で持続的な運用を実現することは重要な課題で、世界中の大型アンテナと連携してその価値をさらに高めることが求められます。
国際的に通用する標準化を進め海外ミッション受け入れを推進
アンテナが一ヵ所では地球の自転で探査機が地平線下に隠れる時間帯が発生します。そこで、探査機とのフルタイムの接続を確保するために世界各地のアンテナが連携して探査機を追跡するわけですが、JAXA単独で各地に大型アンテナを建設して保持していくことは予算的にも非現実的です。そこでフラッグシップ機として国内に保有するアンテナにできるだけ高い能力を込め、国際協力で渡り歩いていけるだけの性能が求められます。世界では降雨の少ない地域を選んでアンテナが作られることが多いですが、湿潤な日本では、特に近年求められる高周波数帯での通信への雲や水蒸気からの影響を低減するため、標高の高い地域を敢えて建設地に選んだりしています。苦労しても性能で見劣りしないためです。
なお、日本の経度帯には競合する大型アンテナが少なく、世界の深宇宙ミッションをサポートしていく地上局として、臼田観測所の立地は有望です。世界の深宇宙ミッションの一端を担う重責をこなしていくために重要なのが国際的な標準化への対応で、これは追跡ネットワーク技術センターの別部門が取り組んでいる課題ですが、通信方式やインターフェイスの標準化へ積極的に対応して海外ミッションを受け入れやすい素地を観測所に構築できるよう支援しています。地理的な条件の良さと技術水準の高さとが共に揃って初めて国際的に通用する地上局が実現します。
責任重大だが成功の喜びも大きい

国際的な支援が受けられるとしても、JAXAの探査ミッションにとって臼田観測所のアンテナによる自由自在な支援が重要なことは言うまでもありません。それは、臼田観測所の大型アンテナがダウンしてしまうと、探査機との緊密なつながりが切れてしまいかねない…探査ミッションの実行に大きな影響を与えてしまうということでもあります。私たちの責任はきわめて重大で、24時間365日、休むことなく運用し続ける維持管理が不可欠です。しかも運用しながら新しい技術、新しい設備へ更新していく必要があります。探査ミッションを不断に支え続けながら、並行に新技術の導入も続けていくという相反する課題を両立させることが、現場として腐心しているところです。
この同時進行は業務として途切れさせるわけにはいかないので、かなりプレッシャーを感じます。立地が山間部なので突然の荒天に遭うこともあり、良好な通信状態を臨機に維持するのはたいへんです。降雪のある地域でもあり、冬期には車両通行が危険な時もあります。現地へ通う運用・維持管理スタッフは厳しい環境での安全にいつも心を砕いています。所長としては現場を信頼して任せていますが、表面に現われない現場の苦労は多いと思います。
一方で、「はやぶさ2」ですとか「SLIM *1」などのミッションを成功に導けた瞬間は、観測所に勤務するものとしてこの上ない喜びを感じる瞬間です。
単なる通信からどう通信するかへ
現在、臼田観測所は転換期にあると考えています。64mアンテナと54mアンテナとをどのように使い分けていくか、40年を経た64mから新しい54mへとどのようにシフトしていくかといった課題に、ちょうどいま直面しています。観測所の機器や設備も切り替えていく必要がありますので、2030年代の探査ミッション支援のためにどう舵を切るべきかという議論をいま、現場で活動するスタッフとともに立ち上げつつあります。
今後のミッションではより遠くの探査機とより高速で大量のデータ送受が求められます。Ka帯(*2)など高い周波数帯での交信がより重要です。Ka帯は現在、美笹局の54mアンテナで使用可能ですが、天候の影響を受けるなど決して使いやすいとはいえない状況です。Ka帯は今後使っていくべき周波数ですし、海外でもベピ・コロンボ(*3)などのミッションでやはり利用が始まっています。今後、いかにして使い勝手のいいものにしていくかは取り組み甲斐のあるテーマだと思います。
総じて宇宙機との通信は、単に電波を出して通信するという時代からどのように使っていくか(どう通信するか)という時代にシフトしつつあります。この先にはおそらく光通信も来るでしょう。日本も技術開発を進めて発信していきたいところですが、開発はそれを採用する探査ミッションが現れないと進めがたく、技術開発が始まっていないとミッションも採用を提案できないという息を合わせることの難しさがあります。調子をうまくとって一気呵成に進めて行く機運を作ることが大切です。
いろいろな技術が凝縮された設備
ニュースなどでは探査機や衛星の話題は多いですが、そういったプロジェクトやミッションに関わる地上局の話題はあまり見かけません。海外では地上側の果たす役割はミッションそのものと同等ぐらいの重きをもって大切に受けとめられているようですので、日本でもその活躍をもっと発信していく必要があると思います。地上局はロケットや衛星に比べて一般の方々にもアクセスしやすい宇宙開発の施設です。臼田観測所にも展示館があって公開していますのでアクセスして欲しいと思います。アンテナの施設内部にはセキュリティもあって入れませんが、アンテナの圧倒的な大きさと精巧な作りを直に知っていただくことができますし、用いられているいろいろな技術を紹介しています。展示館でそういった知識に触れていただければ嬉しいです。
今後の深宇宙探査や有人探査はますます人類にとって大事な注目を集める活動の場になってくるでしょう。そんな時代にはロケットや宇宙機の技術だけでなく、サポートする地上局の技術へもバランスよく配慮した開発が求められます。地上局の存在も忘れずに、その進化と発展から目を離さずにいていただきたいと思います。
*1…SLIM:スリム。小型月着陸実証機でSmart Lander for Investigating Moonの略。JAXAによる日本の無人月面探査機・着陸機で月面へのピンポイント着陸を目指す。2023年9月7日に打ち上げられ、2024年1月20日に日本初となる月面への軟着陸と史上初のピンポイント着陸に成功した。
*2…Ka帯:マイクロ波の中で周波数範囲26.5〜40GHz(波長1cm強から7.5 mm)の帯域のこと。
*3…ベピ・コロンボ:BepiColombo。日欧による共同の水星探査計画。2026年11月に水星周回軌道に投入される予定。欧州宇宙機関 (ESA) のMPOと宇宙航空研究開発機構 (JAXA)のMMO(愛称:みお)の2機の探査機が連結した状態で惑星間航行し、水星近傍に達してからMMOが分離される。