1984年に稼働開始してから40年の長きにわたって活動し続けてきた、臼田宇宙空間観測所の64mパラボラアンテナ。最近では小惑星探査機「はやぶさ2」や小型月着陸実証機「SLIM」との交信で重要な役割を果たすほか、電波天文学の分野でもめざましい成果を挙げています。宇宙開発と天文学の両分野で活躍し続け、さらにいま、新たな挑戦課題への取り組みも行われているこのアンテナの管理運用に、日々、心をこめて取り組んでいます。

シカとタヌキと高速電波バースト

長野県佐久市にある臼田宇宙空間観測所(以下:臼田局)で、日々、64mパラボラアンテナと向き合っています。業務は施設の管理や運用がメインで、隙間時間で観測といった内容ですが、現実の仕事は実にさまざま。特に常勤の職員は自分一人だけなので、各種の契約手続きや業者さんのやりとりから、それこそ敷地の草刈りとか日常のごみ捨てまで、事業所としての運営全般の面倒をみています。

また一帯は豪雪地域であり標高も約1500mなので、厳冬期の日差しがある気温0度は暖かいと感じますし、積雪も1日に数10cmの日もあります。玄関前やアンテナ通路を除雪するのも大切な仕事です。周囲の道はよくシカやタヌキも飛び出してきます。そんな人里離れた場所(佐久市は日本で一番海から遠い)で衛星追跡や観測を行っています。

その中での最近の成果のひとつが、高速電波バースト(*1)の検出成功です。高速電波バーストとは宇宙から突然届く短い電波パルス現象で、天文学のホットテーマのひとつ。発生メカニズムがまだ詳しくわかっていないためにより多くの観測が求められますが、日本ではこれまで検出されていませんでした。今回、東大宇宙線研究所や東京大学の方々と連携し、これまでも数回観測を試みていましたが、臼田の64mアンテナをもちいて日本で初めての検出に成功しました。

宇宙のはるか彼方からやってきた超強力パルス

今回の検出では特徴的な成果もありました。ひとつは検出した電波の強さ。これまでに高速電波バーストには2種類あることがわかっていて、ひとつは強いパルスが1回だけ届く「単発型」、もうひとつはやや微弱なパルスが繰り返す「リピート型」です。今回はリピート型ながら単発型に匹敵する強さで、この天体からのバーストは過去最強の検出例になりました。同じようなパルスを放射する天体では、おうし座のカニ星雲にある、中性子星のCrabパルサーが有名です。しかしながら、今回の天体はCrabパルサーよりもはるかに遠いにもかかわらず、同じような強力な電波を放射していたため、見つけたときは、近くの人工電波かと自分の目を疑いました。さらに、これまでに検出されたのは600MHz付近や1.5GHzの周波数帯ですが、この天体で2GHz帯のSバンド(*2)という最高周波数だったなどの特異性がみられました。高速電波バーストは中性子星、あるいはマグネター(*3)などとの関連も考えており、この検出で天文研究に重要な情報が提供できたと思います。

検出成功の背景にあるのが、まず何といってもアンテナの大きさ…つまり感度の高さです。光学望遠鏡でも電波望遠鏡でも同じですが、望遠鏡の口径が大きいほど多くの光や電波を集めることができ、より暗い天体や弱い電波源を検出できます。日本最大級の64mアンテナならでは、といえるかもしれません。

64mアンテナは稼働開始以来40年も活動してきた歴史ある…別の言い方をすればとても古い施設ですが、こうした天文学の最先端でも活躍しています。研究と管理運用にたずさわる私たちにとって、たいへん誇らしい成果でした。

64mアンテナの新技術挑戦へ

64mアンテナの「感度が高い」という特徴は、近年重要さが増してきているSSA(*4)の分野でも大きな力を発揮するかもしれません。感度が高ければより微弱な…つまりより遠くにある、またはより小さなスペースデブリをとらえることができるからです。

64mアンテナの活用方法を模索する取り組みとしていま、岡山と臼田とで連携してデブリをとらえる技術開発を進めています。これは岡山の上齋原スペースガードセンター(*5)にある3GHzレーダーからデブリに電波を照射し、はね返った電波を超巨大な臼田64mアンテナで受信。これによりデブリの存在をさらに高感度でとらえることが可能になります。昨年度から実証実験を始めています。

この技術にはさらに発展したテーマもあります。電波の発信と受信を別々の場所で行うこのような方法をバイスタティック方式(*6)といいますが、送受信局の間隔を広げることでたいへん遠くの対象が観測可能になります。デブリ観測でこの技術ノウハウを高度化・蓄積することで、将来には、ロストした衛星探索や、NASAの太陽系レーダーを使った小惑星観測などへも展開させたいと、いまひそかに妄想しています。

またこの方法では地球と宇宙空間のデブリに2回ほど電波が往復します。得られた情報を詳しく解析することで、電離層の変動などの影響が読み取れるかもしれません。64mアンテナは感度がとても高いですから、これまで解析できなかったノイズのような情報の中に自然現象の影響が隠れている可能性もあります。大気上層の変化のようすなど環境状況を把握する新たな技術へ発展できるかもしれません。

もちろん64mアンテナの通常の仕事として「はやぶさ2」や「あかつき」「SLIM(*7)」の追跡運用がありますし、今後新しい衛星の計画もあります。これらを確実にこなしながらこれら新しい技術テーマに取り組むことで、歴史ある64mアンテナの利用価値をさらに高めていく。現在の私たちの挑戦課題です。

アンテナへ語りかける日々

学生時代は大学の研究室で、那須の塩原にある干渉計のアンテナ(*8)を使った観測を行っていました。干渉計とは、2つ以上の電波望遠鏡を連動させてデータを合成し、1つの大きなアンテナのように見立てて観測する技術のこと。現実には建造できない巨大規模のアンテナを構築するVLBI(*9)につながる技術です。その後、情報通信研究機構の鹿島宇宙技術センターで34mアンテナを用いてVLBIの技術開発にたずさわりました。日本のVLBIはここから始まり、世界からみても有名な研究所でした。実は、恥ずかしながらそのときまで、VLBI技術を知りませんでしたが、世界最高レベルの技術を習得できました。で、現在、JAXA臼田宇宙空間観測所の64mアンテナです。なので、最初からJAXAを目指したのではなく、技術的な興味をつきつめていくうちに、ふと気が付くと日本最大のアンテナにたどり着いていた…というところですね。でも、これまでずっとアンテナのそばで生きてきて「アンテナはあたかも空気」とまで感じますので、とても充実してます。

アンテナに対しても自分にとって単なる道具ではなく、苦楽を共にする相棒として、いつも語りかけるようにアンテナと向き合ってます。特にこの64mアンテナは自分と似たような年代ですから「今日もしっかり働いてるね」とか「しんどいな。もうひと踏ん張りだ。」みたいな。このような思い入れを持ち続けることが成果につながるのではと勝手に信じています。

自分は電波天文学の観測にも参加していますが、純粋なサイエンティストというよりもエンジニアスペシャリストです。電波に関連したことなら何でもやるという、「電波の何でも屋」です。背景には電波や工学やコンピュータをはじめ面白そうだと感じたものへの関心で、これは先端の研究に必要なことだとも感じます。(研究イコール面白いものでしょう)ですので、JAXAあるいは電波天文学やVLBIを志す方には「何々を勉強しなさい…」というより、まずは自分の興味を突き詰めることをお薦めしたいです。そしてもし、64mアンテナの新聞記事などに触れたとき、臼田宇宙空間観測所のことを思い出していただければ嬉しいですね。

*1:高速電波バースト…Fast Radio Burst(FRB)。2007年に初めて観測された天文現象で、数ミリ秒というごく短い電波のパルスが届く。多くは天の川銀河の外で起こると考えられるが詳細なメカニズムは未解明。より広い周波数帯での観測が求められている。
*2:Sバンド…S帯、S-band。マイクロ波の周波数帯域の一部で2~4GHzの範囲。極超短波 (UHF) からセンチメートル波 (SHF) が該当する帯域。
*3:マグネター…Magnetar。極端に強い磁場を持ち、大量のX線やガンマ線などの高エネルギー電磁波を放射する中性子星のひとつ。理論は1992年に定式化されたが、近年、宇宙論分野でのさまざまな特殊天体に対する物理的な説明として注目されている。
*4:SSA…Space Situational Awareness。宇宙状況把握。運用が終了した衛星や打ち上げロケットの残骸、これらの衝突破片などのスペースデブリを観測でとらえ、軌道を決定して衛星との接近を推測する。
*5:上斎原スペースガードセンター…岡山県苫田郡鏡野町上齋原にある、レーダーを用いてスペースデブリ(宇宙ゴミ)の観測を行う施設。地球に近い高度200~3,000kmの軌道帯(地球観測衛星などの軌道)を観測している。
*6:バイスタティック方式…Bistatic(方式)。別々の2ヶ所からレーダー送信と受信を行って電波測距などを行う技術。単一地点の送受信と組み合わせることで多角的な距離情報を得ることができる。
*7:小型月着陸実証機「SLIM」… Smart Lander for Investigating Moon。将来の月惑星探査に必要な高精度着陸技術を小型探査機で実証するプロジェクトの探査機。2023年10月1日に月へ向かうための軌道変更を行い、月遷移フェーズへの移行を完了した。2024年1月20日に月着陸予定。
*8:那須の塩原にある干渉計…早稲田大学那須パルサー観測所(栃木県那須塩原市)の8基の20m。2基ずつを4組の干渉計として24時間観測を行っている。
*9:VLBI…超長基線電波干渉法。Very Long Baseline Interferometry。複数の電波望遠鏡の観測データを合成する手法。