宇宙のゴミであるスペースデブリは、気象予測やGPSなどの生活インフラを支える人工衛星を破壊しかねないことから大きな問題となっています。その脅威から人工衛星を守る鍵となるのが宇宙状況把握(SSA)(*1) 。JAXAでは2000年代から研究開発を進め、2016年からはSSAシステムプロジェクトチームを立ち上げてシステムを整備、2023年から本格運用が始まります。いま、プロジェクト完了を目前に控えたSSAシステムプロジェクトチームのお二人に、今の心境と新システムへの期待を伺いました。(記事製作時:2023年1月)
積み上げの上に現在がある
いよいよプロジェクト完了間近ですが、今の心境をお聞かせ下さい。
池田
やっとここまできたか~!というのが実感です。私は入社4年目から始まったこのプロジェクトに約7年関わってきました。おもに光学望遠鏡の老朽化更新、また整備後のSSAシステム全体の運用準備などが担当でした。完了できるのもこれまでSSAに携わってきた方々の積み上げあったからこそと感じています。
松田
私の担当はおもに解析システム、ニックネーム「SAKURA」(*2)の整備です。デブリの観測計画を作成し光学望遠鏡とレーダーに送信するとともに、計画に沿って得られた観測データをもとにデブリの軌道を解析してJAXA衛星との接近を予測するというインテグレーター的な(システムの統合を行う)仕事でもあります。
ご苦労も多かったと思いますが…。
池田
今ではデータもしっかり取れるようになっていますが、インテグレーション試験を始めた最初のころは設備もノウハウも不十分でした。運用準備の面では、それこそディスプレイに何も表示されない状態からのスタートで、「これをどうやって運用につなげていくんだろう」…と不安でした。関係部署や他機関の方々と必死で情報交換を続けて信頼関係を作り、お互い同じものを見て同じ土俵に立ち、一緒に悩んできた結果、何とかここまでたどり着けました。
松田
JAXAのSSAシステムは、光学望遠鏡、レーダー、SAKURAという3つのシステムを統合しています。「統合」と一口にいっても各システムは整備メーカーが別々なので、考え方というか文化が違います。それぞれに個性があり、システム的につないだだけではうまくいかないことも多くありました。「終わりは来るのか…」などとネガティブな気持ちになるときもありましたが、プロジェクト最終段階に到達してようやく安心できたという感じです。
池田
新システムではJAXA内部だけでなく外部(国のSSAシステム、米国など)につながるシステムもあるので、すり合わせる苦労が多かったと思います。ちょうどよく落とし込むのではなく、技術的に意味がある(それによって初めて可能になる)着地点を作ろうとがんばりました。
松田
言葉や文字だけだと伝わらないことってたくさんあります。そこで「ここが大事!」というときは、ためらわずに電話をしたり直接対話したりしました。伝わらないところをしっかり顔を見て伝えあうのがすごく重要であることを、プロジェクトを通じて痛感しました。
システムを作り上げたのは人のがんばり
ご苦労の結晶であるSSAシステムはどんな特徴がありますか?
池田
現在SSA用の光学望遠鏡は口径1mと口径50cmの2台で(*3)、今回のプロジェクトでは建設から時間が経ち、老朽化していた1mの望遠鏡をほぼ丸ごとリニューアルしました。望遠鏡を目的の方向に向けるための駆動速度の向上や将来の機能追加なども視野にいれた改修を行っています。あと、色が本体が黒で赤いリングとひときわかっこよくなりました(笑)。地球に近い低軌道帯を観測するレーダーのシステム(*4)も性能アップしたため、従来よりはるかに多くのデブリを観測できるようになりました。
松田
SAKURAは旧システムの技術を活用しつつ新しく生まれ変わりました。より小さいデブリが観測できるようになるということは単純には観測データの激増を意味します。軌道計算や人工衛星との接近予測などのデータ処理にはるかに多くの手間がかかるんです。でも遅れれば回避が間に合わないこともありえます。解析のスピードは落とせないんですね。このためシステム全体をリニューアルしたわけです。
また、SAKURAは処理能力向上だけでなく、自動化も特徴の1つです。他の運用業務に影響を与えずにデブリ接近の危険性を知らせるシステムです。
池田
その他にも特徴はたくさんあるのですが、とにかくJAXAのみならず、整備メンバー1人1人ががんばって作り上げたシステムである点を強調したいです。光学望遠鏡、レーダー、SAKURAを想定通り機能させ、運用として成立させるために、関係するさまざまな人や技術を結集して、本格運用までたどり着いたと思っています。私は今後SSAシステムを運用していく軌道力学チームの一員でもあるので、これからSSAシステムを大いに活かしていきたい!と思っています。
松田
実際に使う人に喜んでもらえるというのは、作った者にとって何より嬉しいです。うまくいかない点に対してあれこれ工夫を繰り返してきて、みんなで力を合わせて壁を突破してきたんだな、という感慨にひたっています。個人での業績ではなくチームで支え合ってきた喜びですね。
我が子を見守るような心境
チームの総合力がとても大きかったのですね。
松田
このチームのメンバーは楽しいことが大好きなんですよ。業務外でも、旅行やバーベキュー、工場見学などの企画を立てて盛り上がりました。その活動の中でもお互いの良い一面を見つけあったことは、業務に良い影響を与えたと思います。
池田
そうですね、みんな仲がいい。昼休みに雑談でも盛り上がりました。最近では「ちくわぶ問題」かな…私が九州出身でちくわぶを知らなかったのが話題になりました(笑)。雑談でも全力で取り組むチームなんです。だからいつでも議論しあえるし、困った時に相談することにも壁がありませんでした。
松田
困ったことがあってもいろんな人を巻き込み、一丸となって解決していく雰囲気があります。結束を高める意味もあっておそろいのジャケット作るとか…いまも着ています(笑)。何か決める際にも誰かの一存ではなく、みんな平等に意見を出して投票で決める。プロジェクトマネージャーの雰囲気作りのおかげだったと感じています。
池田
チーム内に限らず、JAXAには経験豊かな人が困ったときに助けてくれる風土があると感じます。何につけても力を合わせて取り組むという側面が、今回のプロジェクトでは特に大きかったと感じています。
今後のSSAシステムにどのような展開を期待されていますか。
池田
宇宙開発では打上げなどの華やかな成果が注目されがちですが、その後何年にもわたる運用期間を支える追跡管制や、デブリの脅威から人工衛星を守るSSAはとても重要な仕事です。JAXA衛星の安全を守っていく一見地味な役目ですが、私たちのシステムがそれを着実にまた高度に果たしていくことが最大の期待ですね。
松田
正直なところ、SSAシステムは産み落とされたばかりで独り立ちはまだまだ先です。これからもうしばらくは泣きわめくと思いますが、皆さんに長い目で根気強くかわいがって育てていただきたいと、我が子を見守るような心境です。でも、思わぬ成長を遂げ、すごいことをするかも…という期待もあります。
池田
現在はJAXAのSSAは限られた国内機関との協力体制で運用していますが、将来的には国際的な情報共有体制を整備できれば現時点では想像できないような多面的な成果が上がるかも…上がればいいなと思っています。
松田
デブリ問題は将来的には除去へと発展しますが、まずは観測と解析が大前提です。そのとき米国はじめ外部から情報をもらうのみではなく、自分たちで観測し自分たちで解析して自分たちの衛星を守ることには、計り知れない意義があると思ってます。
池田
とはいえ、プロジェクトが終わろうとしているいま、チームがもうすぐ解散するのはさみしいです。できればまた、別の仕事でみんなで力を合わせて何かできる機会が持てればと願っています。
*1: SSA:Space(宇宙) Situational(状況) Awareness(把握)の略。運用が終了した衛星や打ち上げロケットの残骸や、これらが衝突してできた破片であるスペースデブリを観測でとらえ、軌道を決定して管理する。なおスペースデブリは把握されているソフトボールサイズ以上のもので2万個弱、実際にはそれ以上の数が漂っているとされる。
*2: SAKURA---SsA Key technology Unified Research and Analysis systemの略。レーダーや光学望遠鏡の観測データに基づいてスペースデブリの軌道を計算し、JAXA衛星との接近を解析・評価、関係者への通知や衝突回避に必要な情報を提供するシステム。
*3: 2台の光学望遠鏡---JAXAのSSAシステムでは岡山県の美星スペースガードセンターに、口径1mと口径50cmの2台の光学望遠鏡を整備して、おもに気象衛星や通信衛星がある静止軌道(高度3万6000km)周辺の高軌道帯にあるデブリを観測している。
*4: レーダー---地球観測衛星などがある高度200~1000kmの低軌道帯のデブリは、岡山県の上齋原スペースガードセンターに整備したレーダーによって観測している。旧システムでは高度650kmにある約1.6mの大きさのデブリをとらえることができたが、新システムでは10cmクラスまで観測が可能になった。