衛星の打上げにあたり、打上げ準備段階から定常段階までの間、追跡管制業務を的確かつ円滑に遂行するための臨時チームが編成されます。これが追跡管制隊(以下、追管隊)です。私たちはいま、2023年2月の打上げを控えた先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」(*1)の追管隊として、追跡ネットワーク設備の維持、軌道力学系システムを用いた軌道データの提供及び必要な運用文書の維持管理等を実施しており、万全を期して打上げに向けた作業を行っています。(記事作成時2023年1月)
衛星の独り立ちまで見守る追管隊
人工衛星は打ち上げ後、直ちに定常段階の運用が始まるわけではありません。定常段階の前には、クリティカル運用フェーズ、初期機能確認運用フェーズ(チェックアウトフェーズ)から成る「初期段階」の運用があります。この内、予定された軌道に投入され太陽電池パドルやアンテナなどを展開し、安定した姿勢を確保した状態で地上局との通信が確立できるまでの間は「クリティカル運用フェーズ」と呼ばれます。本記事では、クリティカル運用フェーズに着目したいと思います。
クリティカル運用フェーズ中に万が一何らかの問題が発生した場合は、特に最速で最善の対処が求められます。衛星が予定している各イベントが立て続けに実施され、判断と対処が遅れれば衛星の運用に重大な影響を与えかねないためです。まさに一瞬も目を離せない状況です。
私たち追管隊は、準備を含んだ打上げからこの非常に重要なクリティカル運用フェーズやその後のチェックアウトフェーズが終了し定常段階に至るまでの間、追跡ネットワーク設備の維持や運用、軌道データの提供をしつつ、問題への緊急対応にも備えています。
これから打上げに臨むALOS-3の追管隊は、衛星管制班、企画管理班、追跡ネットワーク班の3班構成で、いずれも衛星を安定した定常段階に導く重要な役割を担っており、この中で私が班長を勤める「追跡ネットワーク班」は、追跡ネットワーク設備(各地上局やネットワーク設備)の維持管理や運用、衛星の軌道決定や軌道情報の作成・提供、またロケット/衛星の投入軌道に関する評価を行うチームです。
地上局の整備と新システムの構築
仕事の内容は多岐にわたります。例えば、地上局は衛星とのデータ伝送のために1年365日24時間休みなく稼動する必要がある一方で、地上局は整備後20年以上経過しており老朽化を起因とする不具合の発生は避けられません。地上局に問題が発生すると打ち上げた衛星の運用に支障をきたすことに繋がりかねないため、各不具合への適切な処置を実施し設備の健全性を確保・維持することは追跡管制業務の鍵の一つといえます。
また、地上局は国内だけでなく海外にもあるので、局間でのデータ伝送に関わるネットワークの整備も重要です。特にALOS-3では初めてスウェーデン宇宙公社(SSC)(*2) の保有するアンテナを使用しての追跡管制を行いますが、この通信ネットワークの構築に苦労しました。これに加えて、JAXAではALOS-3においても使用される、これまでと比べてより高速なデータ伝送が可能なKa帯(26 GHz帯)の地上局を2局(*3)、2021年に整備しています。いずれの作業も衛星の観測データ等を受信するために必須であり、これら新しい試みを実施するということで苦労はありましたが、ALOS-3運用に必要となる作業は完了し打上げを待っているという状態にあります。
風通しのよいチーム一丸で課題に取り組む
「打上げからロケット/衛星分離まで」やその後の「クリティカル運用フェーズ」は、特に気を抜けない緊張が続きます。クリティカル運用フェーズはALOS-3では2日間程度を予定しており、JAXAの職員だけでなく、メーカーの担当者などを含め100人以上の隊員たちが役割に応じた作業をします。追跡ネットワーク班では地上局やネットワーク設備等の運用をしつつ、各装置/機器のステータスを常にモニターしていて、何らかの不明事象が発生した場合には、衛星運用に与える影響を確認し、影響が大きいとなれば設備の開発メーカーなどと協力して可能な限りその影響を抑えるために対処します。
難しいのは、どのような対処が最善かという判断です。打上げ前の各地上局に対する機器のバックアップ方針などの判断にも苦労しますが、“待ったなし”の状況にあるクリティカル運用フェーズではなおさらです。ですので事前に打上げからクリティカル運用フェーズの終了までを想定したリハーサルを入念に行います。リハーサルは既に2回実施しており、無事に完了しています。リハーサルの中ではあえて事前に設定された不明な事象や不具合を起こし、それらに対処できるかの確認も行います。また今回、私が担当しているシフトでは実際の不具合も発生したのですが、手順通りに冷静に対処できてほっとしました。対応手順は頭では理解しているんですが、いざとなった時にプレッシャーを乗り越えうまく対応できるか不安でしたから、対処後の処置の方針まで示すことができ一種の達成感がありました。リハーサルにおいて発生したこの不具合は、処置することができています。
本事象から、チームで情報を共有・理解し、一丸となって対応することの重要性を実感しました。重大な事象に担当者レベルで対応せず一丸となって対処するには、チーム内での風通しの良さが不可欠です。そのために適切なコミュニケーションが取れる雰囲気を作るなどして、人と人との繋がりを大事にする気風はこれまでの業務の中で培われてきた、私たちの風土といえるかもしれません。
伸びしろの大きなやりがいのある分野
追跡管制はロケットや衛星にとって必要不可欠であり、また、年中運用を行っていることからインフラ的な位置付けにあると感じるかもしれません。本記事をご覧になり、華やかな打上げの舞台裏で役割を果たすべくひたむきに作業に向き合う追管隊のような業務があることを知っていただければと思います。また今後の追跡管制業務では、民間と連携することで業務のすそ野を広げる展開も考えられています。個人的には、宇宙業界の情勢や技術の進歩により、これまでにない追跡管制の登場も期待され、伸びしろの大きな挑戦しがいのある分野だと思います。ALOS-3は災害対策など生活に影響の大きな分野でも成果が期待されていますから、その活躍を通じて追跡管制の技術に興味を持っていただければと考えています。
現状は打上げ準備に追われている緊張感いっぱいの毎日です。ALOS-3の各運用フェーズが終わって追管隊が解散し、追跡ネットワーク技術センターの定常業務に移ったときに、どっと喜びが湧くのだろうと期待しています。
*1:先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)…高分解能と広視野を両立させた観測装置を持つ光学衛星。全地球規模の陸域を継続的に観測し、防災・災害対策を含む市民の安全保障に活用される。2023年2月打上げ予定
*2:スウェーデン宇宙公社(SSC)…Swedish Space Corporation。スウェーデン政府所有の国営企業。打ち上げ射場を管轄するEsrange部門等5つの部門があり、探測ロケットやバルーンの打上げから人工衛星の利用まで、宇宙関連事業全般をスウェーデン宇宙委員会(Swedish National Space Board)と共に実施している。SSCはスウェーデンのみならず、オーストラリア(ミンゲニュー)やチリ(サンチャゴ)でも事業を展開しており、キルナ、ミンゲニュー、チリに整備したJAXAの地上局の維持管理を行う等して従前より追跡管制での協力関係を深めてきた。
*3:Ka帯(26 GHz帯)の地上局…筑波宇宙センター(茨城県つくば市)と地球観測センター(埼玉県比企郡鳩山町)に整備したKa帯受信システムを有する地上局。2地点にあるこれら地上局によりサイトダイバシティ(地点冗長化:ミッションデータ受信時の降雨減衰の影響をできるだけ回避することが可能となる)構成を実現する。