深宇宙の探査では宇宙機が大変遠くに位置するため、届く電波は非常に微弱です。できるだけ大きなアンテナで電波を集める必要があるのです。深宇宙探査機のミッションでは、アンテナがどれだけ電波を集められるかが勝負です。臼田の直径64mアンテナは曲率が異なる11種のアルミパネル1152枚で精密な放物面を構成し、3350平方mの面積に届く電波を集めます。このクラスとしては世界でも十数基しかない大型アンテナです。

また深宇宙ミッションでは、アンテナの方向の正確な制御も重要です。発信源である宇宙機からわずかでもずれると受信できないためです。このため、アンテナを支えている構造物の変形が影響しないように基礎部分(土台)から独立させて設置したマスターコリメータという装置で指向を定め、非接触のレーザーを使ってアンテナの向きをマスターコリメータに追随させることにより、誤差の平均値(rms)が1度の1000分の3以下という高精度で制御しています。

総重量約2000トンにもなるので駆動も大変です。仰角方位角の調整のために複数の強力モータを使用していますが、モータからアンテナを動かす歯車のガタを減らすために、常に回転方向と反回転方向の両方からトルク(力)を加えるなど、技術的な工夫を凝らしています。深宇宙探査での通信能力はおおざっぱに言って、送信性能はアンテナの大きさと高出力増幅器の出力によります。臼田も美笹も約20kWです。そのため都市部の通信に影響しないように、山奥にアンテナが建設されています。また、受信性能はアンテナの大きさと受信系の発生雑音の低さによります。そのために、ヘリウム冷凍機で摂氏-263度以下に冷却された低雑音増幅器が搭載されています。

受信性能が良いことは、電波天文学の観測にも利用できます。行っていて、これにもアンテナの精度が非常に重要になります。2021年にかに星雲(*1)にある電波天体(パルサー)をISSに搭載されたX線望遠鏡と共同観測した結果は、そのメカニズムに迫る重要な証拠となり世界の天文学界で注目を集めました。巨大さと精密さを具有するこのアンテナならではの成果と言えます。
プレスリリース:中性子星「かにパルサー」国際同時観測に関する成果論文のScience誌掲載について

また、冬場は寒冷で乾燥する気候の場所にあるため、特に高周波での電波送受信に影響する大気の水蒸気が少ない利点があります。

ただ、冬期には寒冷地特有の苦労もあります。降雪はそれほど多くはありませんが、それでも降った雪が駆動を妨げないようにレール部分をほうきで掃くなど、地味ですが欠かせない作業があります。新しくできた美笹54mについてはレール部分にカバーがあるのでその作業はありません。また周辺の道路は凍結した坂道ですので、安全に通行できるように道路の維持管理するのも重要な仕事です。

さらに一番の敵は風です。最大瞬間風速が毎秒30mの風まではアンテナを動かせる設計ですが、毎秒20mを超えると原則運用を休止します。

アンテナの管理運用は追跡管制の基礎を支える仕事ですので、地道で着実な努力が求められます。その中でより良い方法を求め日々発案と議論を繰り返しています。議論から新しい試みが生まれる喜びも大きいですし、たとえば「はやぶさ」のタッチダウンの瞬間に立ち会えるなど、他にはない大きなやりがいを感じることも少なくありません。今後もさまざまな深宇宙探査に着実に貢献しつつ、これまで同様、世界中から信頼される地上局であり続けたいと思っています。

*1:かに星雲…おうし座に位置する、超新星残骸に分類される星雲。約6400光年の距離にあり、1054年に出現した超新星(恒星が終焉に起す大爆発)の名残りと考えられている。中心に33ミリ秒の周期で強力な電波やX線を発するパルサーがある。