宇宙の全方向に及んで航行する衛星と通信するには国外のアンテナが不可欠ですが、これはJAXAの施設だけでは困難な課題。そこで、海外組織と連携してお互いに補い合う体制の整備を急ピッチで進めています。また、増加し続ける衛星ミッションに十分なネットワークサービスを提供するために、広く民間組織に協力を求め、その資産を活用する動きも始まっています。より活発で柔軟な宇宙の通信ネットワーク実現のため、今日も世界や日本の組織との調整と交渉が続いているのです。
世界の宇宙開発機関と連携する
追跡ネットワーク技術センターの中で、私がいま受け持っている業務は大きく2つ…ひとつは海外機関との連携、もうひとつが追跡ネットワーク民間サービス調達構想です。
まずひとつめの海外機関との連携は、国際協力ラインが担当しています。追跡管制ネットワークを世界規模で相互利用できる状態を作るため、NASA(*1)やESA(*2)、CNES(*3)といった海外機関とさまざまな調整を行います。
海外機関との連携の重要性は、宇宙開発の進展に伴って増大しています。JAXAではいま国内13基、海外4基のアンテナで衛星の追跡管制を行っていますが、衛星が地球の裏側にあるときは日本国内からは直接交信できないので、どうしても海外のアンテナが必要です。現在保有している海外アンテナは、いずれも地球周回軌道など近くの衛星と交信する仕様で、月あたりまでは使えますが、小惑星、火星といった深宇宙ミッションが今後増えてくると国内局だけでは十分に対応できない場合があります。そこで、海外機関が保有するアンテナを利用させていただき、JAXAも海外衛星の追跡管制に協力するという助け合いの関係を実現して、今後もさらに増加し高度化するミッションに対応していこうという狙いです。
世界から頼っていただけるレベルに
ネットワークの仕組みや運用のやり方は国や機関でさまざまですから、連携には機関同士の調整が欠かせません。具体的には協定の締結からシステムのインタフェース決定、試験や実際の運用に向けた調整、また、システムの調整や再整備が求められる場合もあります。これら海外との差をいかに埋めていくかが課題で、そのために万全の事前調整が必要…というわけです。
また、海外機関のネットワーク運用は現在のJAXAのやり方に比べ、効率性に優れていると感じる面があります。今以上にミッションが増える今後はさらなる効率化が求められますから、海外のやり方を積極的に学んで行く意義は大きいと考えています。
もうひとつ海外機関で印象的なのは、通信ネットワーク技術の先端動向を取り入れた開発にとても積極的であること。開発力も高いと感じます。ソフトウェアの作り方や活用方法、オペレーションの方法などといった面での先端的な考え方や技術を、世の中に登場したら取り込もうという姿勢があります。SpaceOps(*4)やIOAG(*5)などの学会やコミュニティの動向を常にウォッチして、海外機関のアプローチや運用方法などの最先端の動向把握に努めています。
ただし、海外協力と一言で言っても、実際に信頼関係を築いてネットワークを利用し合うためには、私たちが頼るだけでなく、世界から頼っていただける設備や技術レベルを、私たち自身も維持する必要があります。調整はまだ道半ばという状態ですが、衛星の生命線である通信を確保する重要なテーマですので、気合いを入れて取り組んでいます。
民間と連携して柔軟な追跡ネットワークを
もうひとつの業務の柱である追跡ネットワーク民間サービス調達も、今後の宇宙開発に欠かせないテーマと考えています。
衛星との通信は宇宙開発の必須要素ですので、その黎明期から整備されてきました。JAXAでも前身のNASDAの時代から半世紀以上、設備の整備運用を行ってきました。現在の多くの施設は20年以上経過して、そろそろ更新が必要な時期にきています。しかし、施設を新しく造るのには資材や人員など膨大なコストがかかり容易ではないため、宇宙開発の活性化についていけなくなる心配も生まれてきます。
一方、海外を見ますと、古くなった施設の更新時に、民間のネットワークサービスをはじめとした事業者と共同で整備や運営を行うなど、柔軟な追跡ネットワークを構築している例が少なくありません。また、国内でも宇宙産業に参画する民間企業が増え、アンテナなど地上局を保有・運営して独自の追跡ネットワークサービスを行うケースもあります。
そこで、JAXAも民間ネットワーク事業者の皆さまと連携し、より柔軟なネットワークサービスを構築、衛星ユーザサイドに提供する方向に進み出しています。これはネットワーク事業者にとっては宇宙にさらに進出する機会でもありますので、宇宙産業の裾野を広げることにつながります。今まさに業者を選定して、実現段階に進むところに来ています。
相手との対話を途切れさせない
海外機関や民間事業者の皆さまとの対話や調整の中で、いろいろな学びがあります。その代表的なひとつが相互理解です。お互いを理解し合うための努力が大切ということです。
例えば民間事業者は、明確なコスト意識や収益につなげる視点をお持ちです。私たちと視点が異るということです。また、交渉や問題解決のアプローチや進め方などの考え方も企業ごとにさまざまですし、国が違えばさらに大きな差を感じることもあります。つまり、国や組織には独自の文化、ものごとの捉え方や考え方があって、意志疎通の壁になりがちです。これを乗り越えてより良い協力体制をつくるには、相互理解を心掛ける姿勢がとても重要と感じます。
これまでの調整や交渉の中で、私たちの提案がうまく伝わって建設的な方向に進む場合もありますが、なかなか伝わらずに進展が見られないことも多くあります。どうすればうまくいくかはまだまだ手探りを続けている段階ですが、ひとつ分かってきた大事なことは、相手との対話を途切れさせないこと。継続してコミュニケーションを取り続けることが相互理解への最初の一歩のような気がしています。
このような調整や交渉は難しさばかりに思えるかも知れませんが、少しずつ成果も上がってきています。例えば来年打上げ予定のESA(欧州宇宙機関)の探査機に対し、JAXAの臼田、美笹、内之浦の3つの地上局がサポートします。これにはこのほど開発が完了したプロジェクト「GREAT-2」(*6)の成果を、海外との相互運用に反映できた時点で大きな成果につながったと言えます。この他にもいろいろありますが、まだおおむね「種は蒔いた」段階で、刈り取るのはもう少し先…そこまで何とか取り組み続けていこうと思っています。
JAXAの特徴はコミュニケーション
私はもともと地球惑星科学を専攻して、太陽系物質の生成や惑星形成論などを学んできました。2001年にJAXA前身のNASDAに入り、月周回衛星「かぐや」(*7)のミッションデータ処理システムを担当し、先進衛星技術開発室で新規ミッションの検討などを行った後、5年半前に追跡ネットワーク技術センターに参りました。個人的に関心を持っている惑星科学に今でも心惹かれます。鉱物の同位体分析などにより解明される太陽系黎明期の過去からのつながりや進化だけではなく、将来、月探査が進んで、月面でその場にある材料を使って道具などを作る…といった展開があると思いますが、そのようなミッションに関わりたいとも夢見ています。
そのような私が別領域の追跡ネットワークに関わっているように、JAXAではありとあらゆる領域のスペシャリストが活躍しています。それぞれの多種多様な知恵と熱い気持ちを伝え合い分かち合うことが、さまざまな成果につながっていると思います。私も海外機関で担当する方々や現場の方々にいろいろ教えていただきながら、未来の可能性を考えています。また、追跡ネットワークサービスの調達に応募してくださいました多くの企業さまには、まとまるとは限らないお話の中でも濃いやり取りをさせていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。宇宙での通信ネットワークは、そのような地上の皆さまのネットワークが支えている…といったら言い過ぎかも知れませんが、少なくともJAXAは内部から海外組織にいたるまで、異なるジャンルや立場の組織と組織、人と人とのコミュニケーションができる組織です。それがJAXAと追跡ネットワーク技術センターの大きな特徴の一つだと思います。
*1:NASA…アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)。アメリカの宇宙開発に関わる計画を担当する合衆国の連邦機関。
*2:ESA…欧州宇宙機関(European Space Agency)。1975年にヨーロッパ各国が共同で設立した宇宙開発研究機関。現在は22か国が参加。
*3:CNES…フランス国立宇宙研究センター(Centre National d'Études Spatiales)。ESAで中心的な役割を果たしている、フランスの宇宙開発研究を行う政府機関。1961年に設立。
*4:SpaceOps…「宇宙運用に関する国際会議」を意味する(International Conference on Space Operations)の略。宇宙ミッションの運用および地上データシステムの全般にわたる継続的な技術交流と、宇宙運用の専門家同士の国際コミュニティ促進維持を目的として設立され、1990年以降に開催されている国際シンポジウム。
*5:IOAG…「宇宙機関間運用諮問グループ」Interagency Operations Advisory Groupの略。宇宙機関間の相互支援を促進する宇宙機関間相互運用性総会(IOP)で1999年に設立が決議された組織。機関間相互運用や宇宙通信にまつわる諸問題について認識を共有し、解決策を提言することを目的とする。
*6:GREAT-2… GRound station for deep space Exploration And Telecommunication phaseの略。深宇宙探査用地上局の開発・整備を目的として、先行した「GREAT」に引き続いて行われた追跡ネットワーク技術センターのプロジェクト。2023年3月に開発完了した。
*7:月周回衛星「かぐや」…月の起源と進化を解明するための科学データ収集と月周回軌道への投入や軌道姿勢制御技術の実証を行うことを目的として、2007年9月14日に打上げた月探査機。月面近くからこれまでにない高精細の画像を送信するなどアポロ計画以来最大規模の本格的な成果をあげた。