2025年3月公開

人工衛星の運用では、現在や将来の位置を把握することが必要不可欠です。そのために衛星位置のさまざまな観測や計算が行われますが、衛星と地上局との距離をきわめて精密に測る技術のひとつがSLR(*1)。地上からレーザー光を発射して衛星に搭載した特殊な反射器に当て、はね返って来るまでの時間をもとに衛星までの距離を算出します。この計測データは正確な軌道や地球の回転運動の計算に用いられるため、衛星が取得する画像データの精密な解析にとって重要な技術です。

データから衛星位置推定まで一連で行う

おおまかにいえば、人工衛星の位置を精密に計算するのが私たちの業務です。筑波SLR局で行っているレーザー光による距離の計測(SLR)はそのひとつで、追跡ネットワーク技術センターの仕事としては得られたデータを用いて計算を行い、衛星の位置を正確に推定するまでが一連の業務です。

言葉にすると単純に感じます。確かにレーザー光で距離を測ること自体は、(高度な技術ですが)困難ではありません。しかし衛星は数百〜数千kmも離れていますから、レーザー光を的確に当てるのが難しいんです。やみくもに発射しても当りませんから、まず、衛星のGPSからの情報で軌道を算出して大まかな位置を予測し、SLR局の望遠鏡(レーザー送信器と検出器を組み込んだ望遠鏡)をその方向に自動で向けます。この段階で多少の位置ずれがあるので微調整を行って照準を合わせ、レーザー光を当てます。いったん当ると自動でデータが得られるので向きを修正し、さらに計測を重ねて精密なデータを得るしくみです。衛星に太陽の光が当っていれば望遠鏡で見えるので、その画像を確認しつつ「この辺りか?」などと予測して当てることもあります。

仕事のメインは実は計算処理の部分

ただ、測定結果にはさまざまな誤差がふくまれています。例えばレーザー光は地表近くでは大気を透過しますので、大気がゆらぎぐと光の通り道が曲がり、時間がよぶんにかかります。また計測機器のタイマーも誤差が発生しやすい部分です。統計処理ですとか物理的な補正モデルを用いた処理などの数学的な計算で、このような誤差をできるだけ消して、より確からしいデータに加工します。

最終的な計測結果としては、誤差は現実では数cm、できれば数mmほどに押さえたい。衛星までの距離は1000kmのオーダーですので0.0001%でも数mの誤差になってしまいますから、想像を絶する精密さであることがお分かりいただけると思います。実のところレーザー光を当てる仕事よりもずっと多くの時間が、このような計算処理の仕事にかかります。私たちの業務のメイン部分なんです。

高精度の測距で地球の回転まで解析

このような高精度での計測は、近年の宇宙開発ではきわめて重要な意味があります。たとえば先進レーダ衛星「だいち4号 *2」(ALOS-4)は合成開口レーダー(*3)という特殊なレーダーで地球を観測しています。複数回同じ場所を通過して軌道上から地表を観測し、その画像を重ね合わせることで一定時間におきたごくわずかな地面の変化を明らかにします。その変化量は数cm程度の場合もありますので、衛星の位置が正確にわかっていないと観測が成り立たないのです。

また、先ほど衛星に搭載されたGPS受信機からの情報で軌道を算出すると申し上げましたが、そのGPS受信機の精度を調べるために距離の精密な計測が必要です。SLRで測った距離と衛星のGPS受信機の値から計算された距離のずれを調べ、衛星に搭載されたGPS受信機の情報が確からしいものか確認するわけですね。

さらに、世界中で行われている距離の計測をまとめ、非常に正確に位置がわかっている衛星もあります。このような衛星に対して例えば筑波SLR局から測距を行えば、筑波SLR局が宇宙空間に対してどのように動いているかがわかる。同じ様に世界中の局が自局の動きを計算し、協力して計算を行うことにより精密な地球の回転モデルができます。SLRはさまざまな解析に役立つ技術です。

衛星をリアルに感じる醍醐味

この仕事の醍醐味は、衛星をリアルに見ている感じにあるといえます。望遠鏡を衛星に向けてレーザーを発射しますが、それが瞬時に手元に帰ってくる。その瞬間は「ちゃんと当ってるな!」というリアルな手ごたえを感じます。もちろん計測値はコンピュータの計算結果ですが、光の反射という目に見える物理現象から直接リアルタイムに衛星までの距離を確認できるこの仕事は、宇宙開発の中ではかなり貴重な仕事だと思っています。

一方、レーザーを当てるためには正確な位置の推定も欠かせないのですが、毎日正確な推定を実現するためには推定に必要となる複雑な計算を誰にでも実施可能な形でシステムとして組み上げる必要があります。これはSLRそのものというよりそのための準備部分ですが、安定した測距を実現するためには不可欠の要素です。実際にシステム化を行ったのですが、日々変動する観測データを安定して処理できる様システムを整える過程は試行錯誤の連続でとても手のかかる作業でした。

それだけに「だいち4号」のデータ解析結果がプレスリリースとして出た時にはたいへん感激しました。「だいち4号」は災害の状況確認や予測に重要な役割を担っていますし、私たちの生活に密着した衛星ですから、それがきちっと測れているというのは社会の役に立っている誇らしさもあります。

想像を超えるおもしろさとやりがい

いま、過去数十年にわたり蓄積されてきた計算技術をだれもが簡単にアクセスできるように整理したり、軌道力学のシステムを根本から変えて世界に通用する国際標準のようなレベルにする取り組みを進めています。現在は我々しか保有していない技術を、今後の宇宙開発でより広く利用してもらうために、ノウハウを大系立てて整理し、ツールとしても提供したいとも考えています。また、地球周回の衛星に対してやってきた高精度な軌道決定を、月周辺に拡張する取り組みも始めています。いよいよだな…と、個人的にとても楽しみに感じています。

SLRもそうですが、追跡ネットワーク技術センターは、アンテナやネットワークなどどれも欠けてはいけない大切な宇宙開発のインフラを担っています。その業務中身はなかなかイメージしづらいとは思いますが、蛇口をひねって水が出るのは当たり前じゃないのと同じように、世の中を支えている技術のひとつであると考えていただきたいです。例えばインターネット上で地上のようすを閲覧できるサービス(Googleマップなど)にしても正確な地球の回転が分かって初めて算出できるデータがほとんどなんです。地味に見えるインフラの裏には、想像をはるかに超えた理論的にも実践的にも難しくおもしろい世界があり、仕事としてやりがいを感じています。そんな認識であらためて視線を向けていただければ嬉しいですね。

*1…SLR:衛星レーザー測距技術(Satellite Laser Ranging)
衛星レーザー測距(Satellite Laser Ranging : SLR)は、衛星に取り付けられたリフレクタに向けてレーザーを照射し、その往復時間を計測することで、地上局-衛星間の距離を測定するシステム。1cm以下の高精度のため、精密軌道決定やGPS受信機の校正、地球重力場の観測などの幅広い用途で活用される。
*2…「だいち4号 *2」(ALOS-4):日本が継続的に開発してきた観測センサである「Lバンド合成開口レーダー」を搭載した地球を観測する人工衛星。前号機「だいち2号」の性能をさらに向上させ、世界最高レベルの解像度と観測域の広さを持つ。地殻変動や地震災害の予測、災害状況の把握や防災に活躍している。
*3…合成開口レーダー:Synthetic Aperture Radar(SAR)。航空機や人工衛星から観測するレーダーの一種。装置側が直線移動しながら複数回の観測を行うことで、実際の開口面(レーダーの直径)よりも大きな開口面を持つレーダーと同等の機能を発揮する観測装置。同じ大きさのレーダー装置よりも極めて高い解像度での観測が可能で、地球観測衛星の分野では可視光や赤外線などの光学観測と補いあいながら利用される。