口径54mパラボラアンテナを備えた美笹深宇宙探査用地上局(美笹局)は、長らく稼働している臼田宇宙空間観測所の64mアンテナとともに、JAXAをはじめ海外宇宙機関の深宇宙ミッションを支えています。この美笹局の機能向上を進めるプロジェクトがGREAT2(*1) 。先行のGREAT(*2) に続いて追加整備と将来の探査機に対応する機能追加を進め、この2024年3月末に完了します。プロジェクト完了を控えたメンバーに、現在の心境をうかがいました(取材日:2023年11月)。

本運用に向けて内心はドキドキ

GREAT2プロジェクト(以下G2)の完了、お疲れさまでした。まずはチームでの役割と現在のお気持ちをお聞かせ下さい。

大和田

全体の取りまとめを担当しました。このプロジェクトは美笹局を使いやすくすること、また海外のプロジェクトを支援する相互支援が大きなテーマでした。私自身はもともと施設分野で電気関係が専門なのですが、前・GREATプロジェクト(以下、G1)から長く関わってきましたので思い入れも強く、開発完了を控えたいまは感慨ひとしおといったところです。

深田

筑波リモート制御のための送受信システムを担当してます。いろいろな思いがありますが、現在は「ようやくできあがったなあ」という達成感と、今後への期待と不安が入り交じった感情に満たされています。私たちのプロジェクトは完了しても、実際にはこれからの試用運用を経ての本運用が本番。なので、実のところ内心ドッキドキというのが正直なところです。

木村

私は前職が電波天文学の分野で受信機開発を行っており、その流れもあり、G2ではアンテナの受信機関係…とくに低雑音受信増幅装置に関わりました。プロジェクトの結果、機能付加や海外機関との相互運用機能であらゆる方向に高機能化した…という意味で、アンテナが「(すてきな)八方美人に仕上がった」と感じています。。心境は、手塩にかけたアンテナがいよいよ親離れするんだ…とかっこよく言いたいところですね。

停電しなくなったのは成果のひとつ

G2のいちばんの成果はどんなところでしょう?。

木村

第一に挙げたいのは冗長性の向上ですね。たとえば受信機関係では、増幅器が1つ壊れてももう1つのものに切換えて差し支えなく運用できるようになりました。追跡管制という探査機の生命線を確保するために、大きなグレードアップだと思います。

深田

同感です。また電源系にNAS電池(*3) 整備を行いましたが、これも大きい。従来のバックアップ電源だけだと停電で美笹局として機能しなくなっていました。アンテナは電気あってものですから。G2での強化でこの弱点を取りのぞくことができました。

木村

アンテナ部で特に低雑音受信増幅装置は、停電が起きると冷却部が昇温してしまい、性能が変化し、劣化も激しい。以前美笹に1年ぐらい勤務していたのですが、停電で止まることが時々ありました。それがなくなって本当に安心して運用できるようになりました。

大和田

美笹局は沿道の両側にも木が生い茂っているような山奥にあるので、降雪で電線が下がって木に触れるなどでの瞬時電圧低下が結構あるんです。また一度電源が落ちると設備を立ち上げに臼田からスタッフが来ないといけない。復旧には何時間もかかることもあるので、それがなくなったのは「おお」と思いました。

木村

また、X帯やKa帯(*4) の同時受信が可能になったりと、このアンテナの機能がようやくフルで使えるようになりました。これも重要なグレードアップと考えます。あと個人的には…電波受信の経路を切り替えるミラーがあって必要に応じて動かすのですが、これまで手動だったんです。冬期は氷点下で凍えながらハンドルを10分ぐらい回してたのが、ボタンひとつでできるようになったのは地味に嬉しいです(笑)。

感激だった「はやぶさ2」との通信成功

さまざまなご苦労があったと思いますが、その中で最大の難関は?

大和田

G1からG2への変化は、機能拡張ではあるのですが単純な拡張ではなく、大袈裟に言えば作り直しに近い作業なんです。で、しかも運用しながら…つまりアンテナを使って追跡管制を行いながら作業を進めて行くので、探査機ユーザとの間での調整などにも苦労しました。

深田

個人的には自分たちでLANケーブルを引いたのが印象に残っています。普通だったらメーカーさんにお願いするところですが、できることは自分たちで…と考えて取り組みました。でも、床をはがして10何本も配線したけど行き止まりで結局もう1回配線しなおしという失敗もありましたが…。

大和田

その時は運用の合間の深夜に作業したのですが、真夜中なのでみんな妙にテンション上がって(笑)。でも自分たちでやってみて(通常施工を依頼している)メーカーさんの苦労が身にしみて理解できました。ですので、皆さん一回は自分たちでケーブルを引いてみると勉強になりますよ(笑)。

逆に最もすばらしいできごとは何だったでしょうか?。

深田

ケーブル引くのは楽しくもあったのですけど(笑)、真面目にお答えすると筑波からアンテナをリモートコントロールする局運用管制システムを新規開発して作り、それを使っての「はやぶさ2」との通信に成功したのがすばらしい体験でした。

大和田

もうひとつ…プロジェクトメンバーが産休・育休に入っているのですが、これが一番素晴らしいできごとといえるかもしれない。誰かが休むときに気兼ねなく休めて、周囲がそれを認めてフォローしてくれるチームができたことがすごいと感じます。みんな担当はありますが全員で全部やる体制です。全員が極端にスペシャリスト化せず無意識に情報共有し、誰かが抜けても助けあえる風土はこのチームならではと思います。

普通の家電品のように使い倒して欲しい

今後の運用では美笹局をどのように活かして欲しいと思いますか?。

大和田

あまり特別なことは申し上げたくないです。宇宙開発のインフラとして普通に使ってもらえたらいいと思います。

木村

そうですよね、ごくあたりまえの電気製品のように使い倒して欲しい。

深田

特別なものって機能のために操作性が犠牲になっていたりして使いづらいことがあります。たとえば局運用管制システムでは操作性や運用性を上げるために、運用するメーカーさんの意見を事前に取り入れるなどの工夫をしました。この種の設備では実は珍しいことなんです。普通に使われていて目立たないけど、深宇宙探査の影には美笹局の力あり…と感じていただけたらと思います。

大和田

展望として期待しているのは、G1で世界で初めて導入した画期的な技術であるSSPA(*6) をブラッシュアップして小型化する。今後、新しいアンテナを作ることがあると思いますけど、そのときの目標になるように育てたいです。

木村

これはG2の範疇ではないのですが、X帯とKa帯のほかにローマン宇宙望遠鏡(*7) のデータダウンリンク用にちょっと広い帯域をカバーする受信システム…宇宙望遠鏡のデータをNASAに伝送するシステムを、いま開発整備しています。これもほとんどG2メンバーがやっていて、将来の新しい探査機との通信にも使えることが期待されています。あと個人的には、使いやすくなったこのアンテナを電波天文学にも使っていきたいですね。

これは終わりではなく始まり

いま、将来に向けてどんな夢をお持ちですか?。

大和田

子どもに、お父さんは何をやっているの?と聞かれたとき、長野でアンテナを作っている…と答えたのですが、プロジェクトが終わって家族にその成果を、つまりこのアンテナを見せたいです。まだ見せていないものですから。

深田

私は美笹局を多くの方に見ていただきたいです。追跡管制は宇宙開発の縁の下の力持ちで、地上局(アンテナ施設)はさらに地味だと言えるのですが、アンテナってこんなにすごくて大事だよっていうことをアピールしてきたい。JAXAのYouTubeチャンネルには私が提案した普段は見ることができないアンテナを登る様子を360度動画で見ることができる映像が上がってます。自分で視点をくるくる変えられる(私の息が上がっていく姿もずっと見られる)のでぜひ見て下さい(*8)

木村

かなり個人的な夢というか悩みなのですが…子どもの名前に「みささ」とつけるかどうかですね(笑)。仕事では今後に計画されるであろう新大型アンテナの開発に関わっていければいいなと思っています。

深田

さらに言うなら、このチームはとても楽しかったですから、これからもこんな雰囲気のチームで活動したいというのがありますね。

木村

チームメンバーの専門分野が重なっていないところが良かったのかも。電源のことだと大和田さんに聞けばとか、運用だったら深田さんによろしくという感じで。

深田

電波増幅の部分は木村さんだし。それぞれ分野が違ううえにそれぞれのレベルが高いので、たがいに尊重し合いながらうまくやれてたって感じです。

大和田

プロジェクトのコアメンバーは6人と小所帯なのも良かった。あとはやっぱりチーム長の雰囲気作りが完璧でした…これは言っておかないとね(笑)。

深田

そう、全ては上司のおかげ…と、実はいま上司のほう見て話してます(笑)。あと、これで「作る」のは終了ですが「使っていく」のはこれから。終わりではなく始まりです。すごく良いシステムが作れた実感がありますので、美笹局の今後に期待感いっぱい。皆さんも注目していただければと思います。

*1:GREAT2… GRound station for deep space Exploration And Telecommunication phase-2の略で、先行した「GREAT」*2 プロジェクトに引き続いて美笹局の開発・整備を行う追跡ネットワーク技術センターの部門内プロジェクト。
*2:GREAT… 深宇宙探査用地上局の開発・整備(GRound station for deep space Exploration And Telecommunication)を行う宇宙科学研究所のプロジェクト。
*3:NAS電池…大規模の電力貯蔵用に使われる高温作動型二次電池。負極にナトリウム(Na)を、正極に硫黄(S)を使用することからNAS電池と呼ばれる。
*4:LNA…Low Noise Amplifier。アンテナから入力された微弱な信号を増幅する低雑音増幅器。高周波の受信回路の最前段に用いられる。
*5:X帯、Ka帯…いずれもマイクロ波の周波数帯域のひとつ。それぞれの周波数範囲はX帯が8~12GHz、Ka帯は26.5~40GHz。
*6:SSPA…Solid State Power Amplifierの略。美笹局のSSPAはGaN(窒化ガリウム)デバイスを内蔵した多数の増幅器を多段合成して高出力を得る。信頼性と安定性だけでなく小型化、省電力化に優れるため、高出力増幅器の世界的な主流になると期待される。30kW級のSSPAは美笹局が世界で初めて導入。
*7:ローマン宇宙望遠鏡…ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡。NASAが2026年に打ち上げを予定している次世代の広視野赤外線望遠鏡。2010年のディケイダルサーベイ大型衛星計画では第1位に位置づけられた。名称はNASAの初代主任天文学者のナンシー・グレース・ローマン(Nancy Grace Roman: 1925-2018)にちなむ。JAXAは海外計画参加として光学素子の提供や大規模な観測データ受信、地上望遠鏡協調観測で協力する。
*8:YouTubeのJAXAチャンネル