近年、使い終わったロケットや運用終了した衛星などが“宇宙のゴミ”となり、地球の周囲を膨大な数で漂っています。この“宇宙のごみ”、つまりスペースデブリと運用中の宇宙機が衝突してしまうと、宇宙機は最悪の場合破壊され、また多くのスペースデブリが新たに発生してしまいます。その対策として、打ち上げる以前にロケットや衛星などの宇宙機に取り付け、運用中も運用後も軌道を精密に把握し続けるための装置が「Mt.FUJI」(*1)という小型の反射器(リフレクター)。宇宙の環境を守り安全性を高めたいという願いが込められた、追跡ネットワーク技術センターで開発された新技術です。
SSA支援の重要な2ツールを開発普及

現在の私の所属は追跡ネットワーク技術センターの軌道力学チームで、「Mt.FUJI」や「RABBIT」(*2)の開発や維持、普及を行っています。「Mt.FUJI」は宇宙機に取付けて地上からのレーザー光を反射し、高精度の距離測定を行うための特殊な反射鏡で、宇宙機の軌道を精密に計算できます。運用中ももちろん、運用が終わってデブリになったときにも精密に位置が把握できるので、他の衛星との衝突回避に役立ちます。
また「RABBIT」は簡単に言えば、衛星とデブリの軌道を計算して衝突の危険性や回避の方法の検討を支援するソフトウェアで、軌道力学の専門家でなくても直感的に簡単に使用できる点が特徴です。また、追跡のHP上で無償で公開していますので、JAXA内だけではなく広く民間の衛星事業者さんなども使えることも特徴です。
これらはいずれもSSA (*3)の支援としての側面があり、今後の宇宙開発で重要性がますます高まっていくと考えられます。技術的な研究開発は基本的な業務ですが、さらに民間を含め宇宙開発に関わる多くの方々に知っていただき、導入していただく“利用の推進”や製造を含めた技術を社会実装する“民間移転”という活動も私の業務です。
宇宙環境の安全確保に活躍が期待される「Mt.FUJI」
この中で「Mt.FUJI」は、近年問題意識が高まるスペースデブリ問題に、私たちなりの考えかたを示したひとつです。
通常、衛星やロケットなどはミッション終了後に必ずデブリになり、自分の位置を発信する機能がなくなります。すると地上からはその位置の把握が難しくなり他の衛星にとっては適切な衝突回避が実施しにくくなります。もう少し詳しく言うと、デブリ側の位置精度が低いせいでデブリとの衝突リスクを適切に評価できず、本来的には避けなくてもいい接近でも安全側を見て衝突回避を実施し、燃料を無駄に使ってしまう場合があります。ですが、あらかじめ反射鏡を取付けてあれば、地上からデブリ側の位置を高精度に把握でき適切にデブリとの衝突リスクを評価できるようになるため、無駄のない回避行動をとることができるようになります。
でも、この反射鏡は宇宙機とそのミッションにとっては必須ではない場合が多く、むしろ余分な重量です。しかしその宇宙機がデブリになった段階では宇宙の安全確保に重要な役割を果たします。ですので今後の宇宙開発では将来の宇宙環境のために、「Mt.FUJI」のようなデブリ対策がロケットや衛星開発の段階で組み込まれるようにしていきたい。この小さな反射鏡にはそんな思いが込められています。
なお、将来想定されるデブリを積極的に取りのぞく活動では、例えば宇宙機でデブリに近づいて捕捉するときに精密な距離を測る際のマーカーのような役割としての活躍も期待しています。他にも「Mt.FUJI」を搭載してレーザー測距で精密な軌道を計算し、衛星が持っているGPS受信機自体の正確さも調べられます。実際にこれを行っている衛星もあります。「Mt.FUJI」にはさまざまな応用の可能性があるんです。
軽量を実現しつつ堅牢性を保つぎりぎりのバランス

「Mt.FUJI」は既に研究開発段階を完了し、利用と普及のフェーズに入っていますが、実は開発にはかなり苦労しました。もともと追跡ネットワーク技術センターでは衛星に搭載する装置の開発は行いませんので、右も左もわからないゼロからのスタートでした。そこでJAXA内外のさまざまな部署や専門家に協力を仰ぎました。例えば開発のさまざまな局面でJAXA相模原キャンパスの先端工作グループに、また作った反射鏡が所定の性能を発揮できるかの試験をNICT (*4)にお願いしました。宇宙機搭載品として振動や衝撃・熱に対する耐性を有しているかの確認をするための試験についても当然ながら知見がなかったため、JAXA環境試験技術ユニットに大いに協力いただきました。追跡ネットワーク技術センターの中ではまったく知見が足りなかったので、外に助けを求めるしかなかったともいえます。
その反射鏡ですが、少し特殊で再帰反射性(光を来た方向に反射して戻す)を持つ鏡です。地上からのレーザーをもと来た方向にはね返し、発射場所でこれをとらえて光の往復時間を計測し距離に換算することで距離のデータを取得します。地上での生活では気にすることは普通絶対にないですが、地上と宇宙空間という長距離では、たとえ地球の近くであったとしても発射した光がはね返ってくるまでに数ミリ秒から数百ミリ秒かかります。そうすると、その間に地球が自転してしまい発射場所が元の場所から移動してしまいます。そのために反射光が少し広がって戻るような微妙な、ですがとても大切な調整を鏡に施しています。その精密さの一方で打ち上げの振動や衝撃に耐える強さが必要ですし、宇宙空間に出た後も高温・低温環境に繰り返しさらされる熱環境にも対応が必要です。
これらを考えて頑丈に設計すると重くなり過ぎますので、いかに軽量を実現しつつ堅牢性を保つかのぎりぎりのバランスが最大の難関で、かなりの時間と手間を必要としました。
技術の民間移転により普及を進める
「Mt.FUJI」は今まで設計製造は完全にJAXA内で行っていました。具体的には相模原の先端工作グループにアルミ材削り出しでパーツを作っていただき、追跡ネットワーク技術センターで組み立てるという完全内製でしたので、民間で需要があっても応えられませんでした。また、JAXA内からの需要があったとしても追跡ネットワーク技術センターと相模原先端工作グループで製造体制を確保し続けることは不可能でした。Mt.FUJIのような反射鏡を欲しい人が安定的に入手できるようにするには、JAXAの外で製造・供給できるしくみが必要不可欠でした。そこでいま、技術情報…図面や設計値などをJAXA外の事業者が使用し、自由にMt.FUJIのような反射鏡を製造・販売できるような仕組みづくりを進めています。これにより、1つでも多くの宇宙機に反射鏡が装置され地上から位置を把握しやすくなり、そしてこれらがデブリになっても容易に管理できるようになることを夢見ています。
思わず叫んだ反射レーザー検知の瞬間

これまでの開発で個人的にいちばん嬉しかったのは、やはり軌道上での実証に成功したことです。2024年2月に打ち上げたキヤノン電子株式会社の「超小型衛星CE-SAT-IE」(*5)に「Mt.FUJI」が搭載され、実際にレーザーを打ってMt.FUJIで反射したレーザーを検知することができました。設計には自信はありましたが実際に宇宙空間に送り届けて機能するまでは不安がありましたので、反射したレーザーが検知できた瞬間はすごく感激して思わず叫んでましたね。またその後に、スペースワン社(*6)のカイロスロケットへの搭載が決まったり、その他JAXA内外からの引き合いも増えたりと、「Mt.FUJI」の認知度が着実に上がってきたという実感も湧いています。
これからは先ほど述べた民間移転も含め誰でも入手できるようにする仕組みづくりに積極的に取り組みます。反射器に関しては次年度あたりにひとつの区切りがつくと見込んでいますが、まだレーザーを打って得られたデータを解析する部分はJAXA内で閉じた技術・仕組みになっています。JAXAの観測設備を外部の方が使えるしくみとか解析をサポートするしくみなどを考えていきたいです。
宇宙にいちばんちかい職場
この職場のすばらしさは、何といっても宇宙に近いということです。衛星やスペースデブリの追跡をやってますからそれらの軌道の実データにアクセスしやすい…生のデータに触れて宇宙を飛行する物体を感じることができる職場なんです。また、実データを使っていろいろな研究開発を行う中で、自分で考えたことを実データを使って試すことができ、うまくいけばそのまま現場に適用されるといったこともあります。これが追跡ネットワーク技術センター軌道力学チームの最大の魅力だと思いますし、実際、とても楽しいです。
また「Mt.FUJI」では、自分がこの手でねじを締めた機材が宇宙に行って機能するという、やったことがある人だけが理解できるような興奮もあります。非常に魅力的な職場です。
私は学生時代はデータや数式ばかりを扱ってきたので、この職場で「Mt.FUJI」などの開発では苦労の連続でした。いろいろな部署の方々にものづくりのノウハウを教えていただき、それを理解して身につけて進めてきたのですが、これもJAXAが多方面に広がる大きな組織だからできたことだと思います。その活動の中で追跡ネットワーク技術センターは文字通りの縁の下の力持ち的存在ですが、あらゆる部署と同じく一人一人がプライドを持って取り組んでいます。
宇宙の仕事で熱い思いを抱いて一緒にがんばろう
私は以前から宇宙旅行に行きたいと思ってました。ですがいまの宇宙旅行はかなり高くとても庶民には手が届きません。ですが、自分が宇宙開発に携わってデブリ問題の解決を進め宇宙の安全性を高めれば、まわりまわって低価格かつ安全な宇宙旅行を実現できると考えています。いま取り組んでいる業務は言ってみれば夢の実現のためでもあるんです。
今後、宇宙の仕事を目指す方はどんどん増えていくでしょうし、宇宙の仕事や職場の種類も増えていきます。自分がどう宇宙に関われるかを調べて考え取り組みの方向を決めていけば、ほぼ宇宙の仕事に携われる時代が来ると思います。そんな将来に、宇宙の仕事に熱い思いを抱く方々と一緒にがんばっていきたいと思っています。
*1:Mt.FUJI…衛星レーザー測距用小型リフレクター(MulTiple reFlector Unit from Jaxa Investigation)。
*2:RABBIT…デブリ接近衝突確率に基づくリスク回避支援ツール(Risk Avoidance assist tool based on debris collision proBaBIliTy)。
*3:SSA…宇宙状況の把握(Space Situational Awareness)。
*4:NICT…国立研究開発法人情報通信研究機構(National Institute of Information and Communications Technology)の略。情報通信に関する研究開発や支援、事業振興に取り組む国の研究機関。
*5:超小型衛星CE-SAT-IE…キヤノン電子株式会社により、リモートセンシング事業に向けた実証を行う目的で2024年2月17日に打ち上げられた小型衛星。JAXA開発の小型リフレクター「Mt.FUJI」が搭載されており、本衛星に対してレーザー測距を実施し、Mt.FUJIの軌道上性能実証を行った。
*6:カイロス…KAIROS。民間企業スペースワンの開発した自社事業用の衛星打ち上げ用小型軽量ロケット。小型衛星の打ち上げを目的とする。